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01 戯言 Archive

Gの羽根は夜ひらく

娘が夜中に目を覚まし、泣き、笑い、足をジタバタと動かし、脇腹をシュートし、顔をベシベシと力強くなでる丑三ツ刻。蒸し暑い部屋で寝るのを待つのも難しく、体一つ(二人なので二つだが)で、夜の散歩へと赴いた。
娘が寝付くための散歩であるが、それを念頭に外を歩いてみると、意外に明るい。明るすぎる。昼間とはまた少し違う景色は、彼女の目にはどう映るのか。あっちこっちを指さしキョロキョロ、寝付くのにはまだ少し時間が必要なようである。
遠くで新聞配達の単車が走る音がするが、それ以外は車の走行音もなく静寂そのもの。道の真中には猫の家族がまばらにくつろいでこっちを見ている。生暖かい風が汗ばんだ肌に心地良い。眠気と闘いつつ、久しぶりの夜の佇まいを楽しみながら家の周りを何周か歩いていると、徐々に娘の反応が鈍くなってきた。が、ここで油断すると、すぐ振出しに戻ってしまうので、慎重に慎重に、薄氷を踏む心持ちで歩を進める。

「おっ、蝉?」

と気づいたときは、もう目と鼻の先。

!?

違う、蝉じゃぁないっ!
こ、これはっ!
ヤツかっ!
ヤバいぃぃっ!!
全軍退避っ!!

眠っていた身体にギアセカンドで身を翻して、反転。
さらに足を振り上げ、身を悶え、あたりに目をやると、無事被弾はまぬがれた様子。
左後方1メートル地点に着地した模様。
突然の動きが面白かったようで、眠れる娘は覚醒。
キャッキャキャッキャと声を上げ、振り出しに戻る。

あいつらが飛ぶのは、
攻撃された時だけじゃない。
君たちが夢の世界へ行っている夜の世界で
あいつらはこぞって、足を動かし、触覚を動かし、羽根を動かして
その活動領域を広げている。
夜は危険がいっぱいだ。

あと、眠い。

書き込んでみるテスト

今年も折り返した。
っていろんな人が思ってるんでしょうね。

会社のMacがやっとこようやくついに遅ればせながらいよいよアットラストやっとこさ新調。(実に5年越しですよ)
はやーい!ひろーい!あかるーい!うわーい!という気分です。
はやいコンピュータは気持ちいいですね(にこにこ)。
しかしながら、あまりいじれていないのでヤキモキ。

ここ最近で、Macが新調され、iPod Touchが手に入り、環境が一段グレードアップした。
(いままでのグレードが低かったのだが。しかも、ハイエンドではないグレードアップなのだが。)
いろいろ可能性が広がったわけだが、何をするかがポイント。
結局のところ、メディアではなくコンテンツなのだなぁ(感嘆)。

あなたの家から最寄り駅までは、どんなルートを辿るのか。

恩師の講演会へ行ってきた。
ある団体の周年記念行事で、子供の読書教育というのが主題。
そこで「物語におけるこどもたち」というテーマで1時間、岡田先生は語られた。

実際にご尊顔を拝するのは、かれこれ20年ぶりになる。
一月程前に講演があるのを知ってから、
正直なところ、行こうかどうしようかずっと迷っていた。
会いたい、とは思うのだが、どうにも面映いというか緊張してしまう。
昔の自分を知っている人というのは、
なんだか今の自分を見せてガッカリさせてしまうんじゃないか
そんな不安をいつもいだいてしまうのだ。
(もちろん、相手にガッカリしたくないというのもある)
しかし、行ってよかった。

20年の歳月が流れ、それ相応に年を重ねていらっしゃったが、
話され方や、お話の間にはさむ冗談、その時の柔らかい笑顔
そういった細やかな部分のディティールは、記憶の中の先生そのままだった。
拝聴していて、図工準備室を覗き見てワクワクしていたことや
コピーミスの用紙で作った紙鉄砲で盛り上がったこと、
アロエを食べさせられた先生のいたずら、
図工室の前に飾ってあるマリオネットが薄暗くて少し怖かったこと
いろんなことが次々と思い出され、嬉しくなった。
講演の内容も興味深く、随所に先生らしい内容が盛り込まれており
授業の時に、クラスのみんなが興味津々で先生の話を聞いていたのも思い出した。

講演後、即売会とサイン会があり、そこで晴れて対面することができた。
次の人も控えているし、時間にして数分だったが
先生と顔を向かい合わせ、目を見て話せたことが嬉しかった。
おそらく時間がたくさんあったとしても、
胸が一杯でほとんで話せやしなかっただろう。
名簿で名前を見て、もしかしたらと思っていただいていたようで
やっぱり!と、笑顔と驚きの表情をいただいた。
いろんな感情が内面に渦巻いており、なかなかうまく言葉にならないが
少しほろりとした。
握手をかわした先生の手は力強かった。


今までを振り返ると、
ボクは師に恵まれていたなと思う。
それぞれ分野は違えど、
答えに正解を求めないと言うか、すべてが正解で良いと
受け入れてくれる土壌がある方が多かったように思う。

家から駅までの道は、幾通りもあり、どれも間違いではないはずだ。
それがなんとなく今は、この道が最短距離だとか
安全で景色が良いルートはこれだとか、
そういった押し付けに近い正解を誰かが提示し
それにならわされているような気がしてならない。
そういう受け取り方しかできなくなってきている自分がいるのかもしれない。
どのルートでもいいよ、
君の思うルートが君にとって一番のルートだよ
むしろ隣の駅に行くルートにしてみたらどうか、
バスに乗ることにしたらどうか、
帰って来ちゃうのも面白いなぁ。
そうやって可能性の幅を広げてくれていたように思う。
そして、それは本当に豊かなことだなぁとも思う。

先生は以前、「童話にしかできないことについて」のアンケートに
「童話にしかできないとは思わないが、童話にできるということなら、人を信頼してもいいんだ。生きることって捨てたもんじゃない。そういった、人生に対する肯定的な考え方や姿勢を育む、種を撒くことができるのではないかと思う」
というようなことを答えたとおっしゃっていた。
テーマは子供と読書ではあったけれど、
なかなか日常を振り切れず、初心に戻れない大人たちにこそ、
こういった考え方や姿勢を育む土壌が今必要なのかもしれない。
少しは拗ねたり、不貞腐れちゃうこともあるけど
ちゃんと自分の「おもしろい」を探しながら
生きて行きたいなぁと思う。

メリハリ

「メリハリのない」を使って誉める事例が見つけられない。

沈黙と囁きテスト

娘がお気に入りのキャラクタがおりまして、
そのキャラクタは英語の教材のメインキャラクタでありまして、
サンプルで取り寄せたDVDに大層ご執心でありまして、
その教材の相談会のようなイベントがありまして、
家族3人で怪しい天気の中赴きまして、
ベビーカーを電車に乗せようとしまして、
持ち方の不手際で一瞬電車とホームの間にベビーカーが挟まりまして、
今思い出しても胸がドキドキしまして、
それでも無事現地に到着しまして、
おにいさんおねえさんと歌ったり踊ったりしてきまして、
キャラクタの3次元タイプも現れまして、
大きさに少し圧倒されつつも興味を惹かれておりまして、
それでも違和感を感じるのか2次元ものの方により食い付きまして、
ウレタンカーペットの広いスペースであちこちハイハイしておりまして、
むしろそっちの方が楽しかったのかという感じもしまして、
教材の商品説明はのらりくらりとかわしまして、
特典はしっかりもらってその場を後にしまして、
そのまま梅田へ赴きまして、
百貨店のエレベーターの混雑に辟易しまして、
アレキサンダーマクイーンのワンピースに魅了されまして、
そそくさとウインドウをひやかしまして、
人混みにぐったりと疲れ果てまして、
つらつらと勢いで書いてみまして、
読み返すと面白くないなと思いまして、
消そうかと躊躇しましたがせっかくなのでと残しまして、
たまごのからとかけまして、
チープなくさい台詞と解くそのこころはキミを守るなんて突然なぞかけしてみまして、
それでも、やっぱり面白くないので沈黙。

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或ル一日

六時起床。踞ッタママ眠気ト闘ヰ、十五分。ベッドカラ降リ珈琲ヲ淹レ朝食。外出着ニ着替エ、昼食ノ準備。本日ハゴミノ回収ハセズ。七時四十分頃出発。
八時過ギニ勤務先到着。電気、プリンタ、ポットノ電源ヲ入レ、換気扇ヲ回ス。空調ハマダ入レズ。新聞ヲ片シ、Mac3台、Windows1台ニ電源ヲ入レカバンヲ置キ机ヲ整理。メール、FAXノチェック、スケジュールノ確認。九時ニナリ社内、トイレノ掃除。風ハ未ダ涼シイガ、暑クナリソウナ空模様。
クライアントヘノ見積作成、撮影画像ノデータノ使用調整、ディスプレイノデザイン作成ト2色分解ノデータ検証。印刷所カラ其ノ件デ2度入電、仕様確認。イラスト作成用ノ写真撮影。広告原稿3案ヲ作成。今後の展開モ含メタコンセプトヲマトメ、メールデ送信。Macハイマダニ867Mhzデ、画像ノ加工ガ遅々トシテ進マズ、モウ限界也。出版社カラ、制作仕様ニツイテノ問イ合ワセ返答有リ。別事業ノ打チ合ワセデ特許・商標登録ノ内容説明ト方向確認。間ニ昼食ヲ挟ンデ、ソノ他諸々ノ雑事ヲ処理シ、業務終了。八時半頃帰宅。
娘ガマダ起キテイタノデ少シ遊ビ、妻ト娘ガ入浴。上ガッテキタ娘ヲバスタオルデ拭キ、天瓜粉ヲ叩キ
着替。機嫌ガ良イ様子。十時頃夕食。皿ヲ洗イ、米ヲ研ギ、炊飯器デ予約。一息ツケ入浴。束ニナッタ領収書ヲ横目ニ、ネットヲ一頻リ巡回シ就寝也。

ひとりサマータイム

ただいまひとりサマータイムを実施中。
先々週からの2週間で8勝2敗。
まだちょっと身体が馴染んでいない感じで、
夜はすとんと眠りに落ちる。
床に入って読む本は、遅々として進まず。

いつもより、早く家を出ると
ほんの少しだが、街の空気が違う。
気温は心地良いし、道も比較的空いている。
電車に乗っても、せわしない感じがなくてよい。
これで、仕事を切り上げるのも1時間早ければ言うことなしだが、
そこはなかなかむずかしいところ。
まずは朝の余裕を楽しむところに重点を置こうと思っている次第。

小学生の4年生だったか、5年生だったかの頃、
夏休みに早朝サイクリングを実施していたことがある。(もう書いているかもしれない)
朝の5時頃起きて、軽く朝食を摂り、一枚上着を羽織って、
廃品回収されたピンクの自転車(自転車整理の仕事をしていた祖父がくれた)に乗り
いくつかのルートを選んでペダルを漕ぎ出す。
どのルートをたどっても、最後は近所にある長い坂へ向かい、
普段はあまりスピードを出せない坂道を、ノーブレーキで下るのだ。
今思うと危険でしょうがないが、とにかく気持ち良かった。

6時頃には帰ってきて、後は宿題を済ませたり
マンガを読んだり描いたりしていたように思う。
母親に怪訝な顔もされたが、夜中ではないので不審には思わなかったようだ。

夏の猟奇的な暑さをはらんだ、早朝の涼しい空気は気持ち良く、
蝉もまだ鳴き始めていない、車もあまり走っていない、少し静かな世界。
知り合いがまだ寝ているだろう時間に、自由に動き周る優越感。
現場作業のおにいさんと並んで、コンビニでマンガを立ち読みするちょっとした背伸びなど
ちょっとした別世界を覗き込んでいるようで、楽しかった。

今はそこまで、別世界感覚はないけれど、
余裕のある朝は、ちょっと不思議な感覚だ。
冬には布団からはなれることさえ、苦行に思われる状態なので、
今だけでも、と、しばらく朝の空気を楽しんで見ようと思う。

ホエア・ドゥュー・ゴー

毎日毎日
過ぎて行く時間は
きっとその人それぞれに積み重ねられ
その人を成すのだろう。

その毎日の中で
吐かれた言葉には
吐くという行為自体が
意味を持つこともあるし、
基本的には伝達のためであるけれど
ブログ、ツイッターやその他の
毎日毎日
誰の当てもなく綴られる言葉たちは
いったいどこへ行くのだろうか。
そのうちの何割が
誰かに何かを成すのだろうか。
何かを成さなければならないわけではないけれど
ただ消えて行くには惜しい
珠玉の言葉たちは、
きっとたくさんあるのだろうなぁ。

赤・黄・青

朝の信号待ち。

遠くから徐々に近寄ってくるのは
足をぷらんとぶら下げた蜂。

うぉおぉ、こっち来てる

信号はまだ変わらず。
蜂は手前1メートルのところで、
進路を少し変更し
小生が跨がっている
鉄馬のヘッドライトへ留った。

走り出したら、さよならさ。

と思ったのもつかの間。
またもや遠くから近寄ってくるのは

ヘッドライトの影に隠れて
どのような攻防が繰り広げられたのかは見えなかったが
ヘッドライトへのヒット・アンド・アウェイを
繰り広げた鳩の口ばしには
足がぷらんとしたものがあった。

イッツ・ア・ミラコー!

信号は赤から青へとその色を変え、
景色がまた動き出した。


五月二十八日(晴) ちょっと寒い

しばらく時間が空くと、
書くのにちょっと気合いがいるなー。
なんか、しょーもないことは書けない
みたいな、変なプレッシャーがかかる(自分で自分にかける)。
でも、特に内容はないんだ(シャレじゃないよ)。

娘は、無事産まれてから一年が経過した。
過ぎてみると、やはりあっという間だ。
出会うことが全て初めての経験だったので
内容が濃かったのだろうと思う。

自分の雑感としては、
やはり、どこか客観的に見るくせというか、習性があるようで
自分の娘だからといって、盲目的にかわいいと思う感じではない。
ことあるごとに娘の話を人に話したり、写真を見せたり
というような行動は、いまのところ、とっていないように思う。
「宇宙とは広いようで狭いものだな。
ごらん、宇宙で最もかわいい生き物が、いま目の前で泣き声を上げている」
というような心境には至っていない。
少しずつ言葉を理解しはじめて、反応が返ってくるようになったので
「うむうむ、おもしろくなってきたぞ」
というようなのが、いまの心境。
むしろ、
子供を前にして、自分がどう生きるのかの方が悩むようになった。
「くやしかったら、早く大人になりなさい」
と言ってやれるほどに、魅力的に見える大人になるには?
それには、自分が一生懸命生きてるところを
人生を謳歌している様子を見せねばならんのだなと思うのだが。
はたして、謳歌しているか?と聞かれると、はなはだ自信がない。
これから、さらに模索の日々である。

先に、しょーもないことは書けないみたいな、変なプレッシャーがかかると書いたが、
これはおそらくオチがないとあかんなと
自分の中で思っている所為だろう。
オチというか、文章としてある程度まとまっていなければと。
ツイッターなら思った時に、ポロっと書けばいいのだろうが、
なんとなく二の足を踏んでいる。

ポロっと書きそびれた諸々をここに記しておこう。


プライバシーとは
“自分(もしくはそれにひもづく者)の情報を
「いつ」「どこで」「だれに」「どの程度」開示するのかを
自分で決めることが出来る権利”


家族とは
“守るもの”ではなく、“ともに戦うもの”だ。


若さとは
新しいもの(こと)を新しいと感じ取り
それを受け入れることができる「柔軟さ」の度合い


時間とは
公平さにおいて、神そのものである。


生きているだけなら、
“生存”と表現してもよいわけで、
生命を活かしているからこそ“生活”であるわけだ。


主観のない客観は存在しない。


人にとって幸せになれるお金とは、
その人が手にする額の3割増くらいが
一番バランスがよいのではないか。


断るを断る。


「それはね、お前を食べるためだよっ!」
という返答はなかなかシュール。


人に期待しないでいるというのは、
結局あきらめなのだろうか?
しかし、自分を磨く材料にはなるのではないか。


残された時間の最初の一歩が、つまり今だ。


以前に書いてるのもある気がするが。
ま、いいか。

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