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01 戯言 Archive
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- 2010-03-08 (月)
- 01 戯言
talk night show light,
Hong Kong unique come on she late nine dad.
(not siteseeing for bussiness)
tube go could go wow these sing a night color
hit mars ain't go on BenQ au show to amount
to rear aids Yoga que date
cut an alarm seasir.
Importantly, there is no sense of the word. The sound.
寒さも酷しいけれど
- 2010-02-05 (金)
- 01 戯言
39度まで熱が上がったり、吐いたり下したり、
娘と奥さんが入院したり、
会社のエアコンが壊れたり、なおったり、
信号待ちで、後ろのドライバがうつらうつらしてたり、
ポカリスエットとのど飴で、味蕾がおかしくなったり、
やたらと眠かったりするけれど、
わたしは元気です。
夜の海
- 2010-01-17 (日)
- 01 戯言
ふと思い立って夜の街に出る。
人がいなくなった夜の観光地には、昼間とは違った物悲しい顔が隠れている。
サイズを確かめずに買った半サイズ大きいボアジャケットと、すり切れたバギーデニム。エアフォースのレザーグローブを手に装着して、ヘッドフォンからは何度も繰り返されたギターの音。吐く息はほんのりと白い。
迷路のような美術館横を通り抜けたら、海が目の前に広がる。大きなものとすぐに出会えるのは、この土地の特権だ。運転をやめた観覧車には赤色灯が点滅していて、寒い中あちこちでいの恋のカップルが肩を寄せ合っている。
いろんなストーリーを風景にとどめて流し、
夜気が体にしみるのを感じながら、
歩く。
歩く。
歩く。
黒で仕切られた水平線と暗くない夜の闇。コンテナとタンカーの灯り。赤や黄色や白を映してうねる夜の波は、まるで生き物のようだ。
孤独も、
不安も、
希望も、
後悔も、
情愛も、
迷いも、
喜びも、
感情も思考もすべてを飲み込んで、
海は当たり前のように、そこにただある。
やるべきことをやるかっこよさ
- 2010-01-11 (月)
- 01 戯言
やるべきことをやる
言葉として書いてみると、案外当たり前のことだ。やるべきことなのだから、やるのは当然だろう。
ただ、やはりその姿を目の前にすると、とても格好よく見えてしまうことがある。おそらく、この言葉が使われるシーンは、物理的、感情的に困難を伴う場合が圧倒的に多いからだろう。そこにある困難さを考慮せず、境界条件は受け止めた上で、それでも為す。そこにはなにかを断ち切った美しさがある。意志の持つ強さがある。つまり、洗練があり、強さはあこがれを導き出す。それ故に格好よさを感じるのだろうと思われる。
私的なことを後回しにする。
公的なものを優先し、パーソナルな部分は後回し。やるべきことをやるには、このスタンスが必要だ。頭では判っていても、なかなか。
信頼と行動
- 2010-01-04 (月)
- 01 戯言
人の印象、特に信頼感というものは、その人の行動からうまれるところが大きいよな。ましてや、言葉を解さない乳児相手ならなおさらだ。
言葉をどんなに尽くしていても、ひとつのちょっとした行動で、印象がごろりと180度変わってしまう事なんて多々ある事。あんたにも心当たりは幾つもあるだろ?政治家に誰も信を置かないのも無理ないよな。
一年の計はもう立てたかい?できれば、言葉は軽くても行動は重く。アッサラーム・アライクム。あんたの行動が、誰かの心に明かりを灯すことがありますように。身近でも遠くでもいい、誰かの笑顔を作り出しますように。笑顔は、もう進型じゃなくなったインフルエンザなんかよりも、よっぽど強力な感染力だ。寒い冬、せめて体の中からでもあったまりたいよな。
2010
- 2010-01-01 (金)
- 01 戯言
あけましておめでとうございます。
まいどまいど年末に、会社のMacが不具合をたたき出すので、今年は早めのバックアップとメンテナンスをしていたところ、今度はこのサイトがどうやら不具合を来たしたようで、にっちもさっちも行かずでえらく慌ただしい冬休みを迎えました。
これが見られるということは、一応復旧したということになりますね。
復旧作業に伴い、デザインが変更されました。全く同じもちょっとどうかということで。
2010年は、自分的にちょっといろいろと変えて行きたいなと思っている次第。
(2009年は「変わる年」だったように思う)
このサイトにも、少しずつでも変化が表われるようにしていきたい。
暗い話題が星屑のように瞬き、先行きは目の前にするガラスがあるかのように不透明。それでもその先に光はあるはずだと思うんだ。
2010年、果てしない希望と終わりのない夢と限りない自由を胸に抱きつつ、このろくでもないすばらしき世界を。
いままでとこれから
- 2009-12-23 (水)
- 01 戯言
今年もまた
暮れて行こうとしている
楽しいことがたくさんあったが
いろいろと
やり残したこともある
昔には
戻ることができないけれど
これからの人生の中で
今が一番若い
ま、これからこれから。
その前にメリークリスマス
よろこんぶ
- 2009-10-29 (木)
- 01 戯言
言葉では伝えきれない素敵なものって、たくさんあるけれど
言葉でしか伝えられない素敵なものだって、たくさんあるように思う。
言葉は言葉でしかないけれど、
それでも言葉がうれしいことが、少なからず、ある。
昔はモノとよろこびが直結していたから。
今でもモノをもらうとうれしいんだ。
けど、もうモノでは豊かになれないことは
みんな判っていること。
みんな、よろこびを求めているんだ。
モノでは手には入らないよろこび、
それは、一概に「これだ」とは言えないけれど、
それを探すのが、人生の楽しみである、とは言えるのではないか。
よろこびの大きさも、数も、深さも、
尺度はみんな、自分が持っている。
エム・ホスピタリティ
- 2009-09-23 (水)
- 01 戯言
海遊館は入場70分待ちの連休。
お昼にふらりと、娘をだっこして
エムドナルド(月見バーガーが出ると秋だなぁと思う)へ
買い物に行ったのだが。
注文を済ませ、受け取りを待つ間に
思い当たったのは、エコの手持ちの紙袋。
エムドナルドはエコの観点から
商品が多い場合は別として、
基本的に筒状の紙袋2枚で
だいたい商品を受け渡されるんだよな。
こちらは娘をだっこしてるし、
持てないことはないけれど、
なんとなく手があいていないと、
何かあったときのことを想像して不安。
どうしようかなと、考えているところへ
受け取りを呼ばれたんだが。
レジのお姉さん、
こちらを見て、すぐに大きな紙袋(取手付き)に
入れ直してくれたんだ。
もしかしたら
マニュアル化されているのかもしれないけれど
こちらが何も言わなくても、
スッとその行動へ移るのは、
意外に難しいものだと思うんだけど。
とてもありがたく感じたし、とてもその行為が美しく見えた。
ここんとこの政治や経済の歪みを垣間見て
なんだか気持ちどんよりではあったけれど、
こういったホスピタリティがあれば、
まだこの国は大丈夫かなと、少し思えるのけれど。
よろめいて居ります
- 2009-08-11 (火)
- 01 戯言
ああっ
最近ふと発見
景観のを気に入り
いづれ建つ住宅に
視界去る観覧車
ちっとも気にかけて居りませぬ
たかがそう景色の一つ二つ
壱年半はまだ見えるはず
きっと違う景色も見れるはず
経済的に救はれたなら
私を見殺しにしないで
私に希望をあたへて
懇願も報いられてよしと
客観、数学的なる正確さ
一点うたがひ申しませぬ

現場じゃね?
情報の金魚鉢
- 2009-08-11 (火)
- 01 戯言
情報化社会という言葉を耳にするようになってずいぶん経つ。
もともとは、ボクが生まれる前からあった言葉らしいけれども。
しかしながら、20世紀終わりごろからの情報技術革新が、
この言葉の頒布に拍車をかけたのは確かだろうと思う。
情報というと、なんとなくテキストをイメージするのだけれど、
音も色も、匂いやさわり心地も、
五感のすべて、いや第六感も含めたすべてのことは情報である。
情報の内容は、受け取る側によって様々に異なるが、
それでも、情報は常にそこにあるのだ。
多種多様にあり、また千差万別に受け取られる
情報に満ちあふれたこの世界の中にあって、
一冊の本というのは、本当に一握りの情報量でしかない。
世界を海に例えるならば、
一杯の金魚鉢程度でしかないような気がする。
が、そのたった一杯の金魚鉢が、人生の方向を照らし出す場合もあるだろう。
(コップ一杯、おちょこ一杯で例えても良かったけれど、それだとあまりにも卑下しすぎているように思った次第です)
いままでの人生で出会った金魚鉢は、多いと言っても、
海にはまだまだほど遠く、そしてたどり着くこともない。
たくさん出会えば良いわけでもないだろう。
その金魚鉢に、どんな金魚を見いだせるか、
どのように愛することができるのか。
それを探すことが豊かさではないだろうか。
「日音色」オープン企画
「日・音・色」しおり展に参加させていただいております。
なんか、こういうの、久しぶり。
フラミンゴ
- 2009-08-03 (月)
- 01 戯言
和名はベニツル。
らしい。
ラテン語で炎を意味するflammaに由来しているとされている。
らしい。
世界一不味い鳥。
らしい。
塩湖やアルカリ性の湖といった特殊な環境に適応する。
らしい。
あのキレイなピンク色は、藍藻類の色素によるものである。
らしい。
動物園で飼育する場合は、飼料に色素を添加する事で羽色を維持している。
らしい。
クチバシの縁にはラメラと呼ばれるヒゲ状の組織がある。
らしい。
フラミンゴの舌は人間に対しては、強心作用を齎す。
らしい。
片足で立っているのは水に体温を奪われにくくするためだと言われている。
らしい。
フラミンゴミルクと呼ばれる栄養豊富な分泌液を出し、
これをヒナに口移しで与える事で子育てをする。
らしい。
ちなみに、ハトも同じようにして育てる。
らしい。
以上のような理由で、ヘッダのビジュアルにフラミンゴを選んだ。
というわけではなく、まぁ、ちょっとおもしろい鳥だな。というくらいだ。
いまさらながら、調べてみました。へぇ。
フクロウもいいなぁと思う。くじゃくはちょっと整いすぎてるなぁ。
さかなだと、ナマズなんかググッとくる。エイもいいね。爬虫類は、全般的にキュンとなる感じだ。カメは言わずもがなである。
哺乳類はあまりググッとくるのがいない気もするけど、かわいいと思わないわけではない。
でも、あまりビジュアルのモチーフに使おうとは思わない。
昔は宝塚ファミリーランドでフラミンゴをよく見た。
つかしんのペットショップの裏にも、こじんまりといたように思う。
意外にそこかしこで見てたような気もするけど、最近はあまり見てないなぁ。どこかいる?
7月18日
- 2009-07-19 (日)
- 01 戯言
今年もたくさんのお祝いの言葉をいただいた。
もう32年も生きてるんだな。
よくよく考えると、今年は家庭を持って初めて迎える誕生日だった。
なんだか不思議な感じではある。妻からは何度もおめでとうの言葉をもらい、長女はあーあーうーうー言っていた。
新聞の勧誘からもらった割引券もあり(新聞はとっていない。<だって「割引券を配布して回ってるんです」って言ってドアを開けさせるんだぜ。ズルイだろ?>、妻が予約を取ってくれて、家族3人で近所の焼き肉屋さんにおでかけして来た。子連れで飲食店に入るのは初めてで、不安はあったものの杞憂に終わり、なごやかに食事を楽しむことができた。
もう30回以上も迎えているわけで、取り立てて誕生日がうれしいわけではない。
が、それをネタに周りがニコニコとしてくれているのは、とてもうれしい。
むしろ、それがうれしいのだ。
子を持って初めて思うようになったが、自分の誕生日というのは、
自分の母親が一番(ではないかもしれないが、とっても)がんばってくれた日なのだなぁ。
生んでくれてありがとう。そういう一言がある日でもいいんじゃないだろうか。
思えば31歳は、結婚も出産も経験し、あまつさえ難聴にもなり、
なかなか人生の転機であったように思う。
気負いすぎて少々、ぐったりした部分もあったけれど、
面白い経験がたくさんあった。
32歳は、もう少しアソビを増やして余裕を持たせたいところ。
自然な笑顔を浮かべることができるかどうかがバロメータだ。
ひとまず、寄席に落語を聞きにいってみよう。
あらためて、
家族はもとより親類、それから多くの友人たちに
この場を借りて、謝意を伝えたい。
ありがとう。
あなたたちがいるおかげで、いままで生きてこられたし、
これからまた一年、生きていくことができそうです。
みんなみんな愛してます。
一株トマト
- 2009-07-03 (金)
- 01 戯言
身重だった関係やご近所付き合い、近くにスーパーがないなどの関係で
うちでは生協を利用しているのだけれど、
先日「一株トマト」というのを注文している事を知った。
もともとトマト自体あまり好んで食べる方ではなかったのだけれど、
輪切りにされたトマトを、なにげなく口に放り込んだ途端
サクサクペロリと食べ終えてしまった。
瑞々しく、大変美味であったことよ。
聞いてみると、トマト一株での契約で、
週に300円程度(だったと思う)の料金になり
収穫されたトマトが、4〜5つほど届くとの事。
天候などによっては、量などが変わってくるだろうとは思うけれど
なかなか面白いシステムだなぁと思った次第。
調べてみると、もう20年以上前からある品らしい。
旬の野菜が食べたいとか、安全な野菜を食べたいという消費者と
安定して生産・出荷したいという生産者のニーズが
合致したすばらしい商品だと思う。
ましてや、食の安全について危機意識が高まっているいま、
生産者までトレースできるのは、気持ち的にとても安心できるし、
なにより、「うちの木で採れたトマトかぁ」なんて思えるのは、
とても付加価値があるなぁと思った。
(たぶん自分の家の木という意味の一株ではないと思うけど)
書いてみると意外にカタイ文面だったけど、
内容としては、まぁ、おいしかったよと。
生活感がある内容だなぁと思った次第。
たまご
たまごがすきだ。
おいしいし、なんかやさしいよね。
味というか、存在というか。
よくよく考えると、
ムネやらモモやらではなく、
キモやらカワやらではなく、
根やら葉やら実やらではなく、
命そのもの。なんだよなぁ。
命の恩恵に感謝。
あだやおろそかにするまいぞ。
あっ
- 2009-06-12 (金)
- 01 戯言
と言う間に、ひと月が経った。
一ヶ月検診も特に何事もなく、経過も順調とのことで一安心。
オロオロソワソワとしつつ、ドタバタのまま今に至る。
ある程度のパターンはつかめたかな、という感じだけれど、
一日一日が違う生き物のようでもあり、
毎回どこかに、初めて出会うアクションがあるような気がする。
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仕事の方も相変わらずドタバタが続いている次第。
一つのことをじっくり考えている余裕がない。
常に頭の中で、それぞれの事柄についての
スケジュールと問題点と対応策と違う切り口と添加する付加価値を
模索しながら、整理されないまま、別のことに着手している状態。
自分が一番苦手なのは、政治的な問題が絡む案件であることがよくわかった。
会社同士のパワーバランスや、ヒエラルキーやらインセンティブやら
もー、すげーめんどくせー。
世渡り上手で出世するとかいうような話は、ボクは縁がないと思う。
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話を抽象化する、というのは、
内容を整理して要約するところと同じ方向にあると思うのだが、
これができない人が多いなぁと、最近よく思う。
例えで出した具体例に喰い着いて、
そちらの方向に話が流れていくことがよくある。
概念で話が通じると、とんとんと前に進むのだが、
具体例だと、枝葉の部分でいちいちつまづいて停滞する傾向にある。
何事も、抽象→具象→抽象で物事を見ることができれば
いい距離感が保てるように思う。
視点の切り替えが、それを育てるのではないか。
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時間に追われ、というのは言い訳じみているけれど
インプットが極端に少なく感じている。
いっぱいいっぱいで入って来ないのかもしれない。
自分の中が、どうにも空っぽなような気がしてならない。
景気の悪い話や、仕事のこと、会社を継承やその他諸々、
自分の実力も含めて不安があるのだろうと思う。
なんとなく閉塞感を感じているわけだ。
理と利で埋め尽くされていっているようで、
心の豊かさのようなものから、世界が離れていっているような気がしてならない。
とりあえず、なにか違うものを取り入れようということで、
落語をちょっとずつ、読み込んでみようかなと思っている次第。
おもえば小学生の頃、図書館で子供寄席を読みあさった覚えがある。
今なら、ストーリーの流れだけでなく、時代の背景や文化性なんかも少しは見えて
楽しみ方を広げられるかもしれない。
時間があれば、観たり聴いたりもしてみよう。
金持ちも貧乏も、教養のある人もない人も、位の高い人も低い人も、いい人も悪い人も
ひっくるめて煮詰めたような、ある意味シュールな落語の世界観には、
懐の深さを感じて、なんとなくあったかい。
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腰がギックリしそうな気配がある。
腰クライシス。
体力つけないとなぁ。
突発性難聴
- 2009-05-25 (月)
- 01 戯言
になった。
住まいは海のすぐそばで、朝方には大小様々な船が行き来する。
その際の汽笛の「ボーッ」という音は、なかなか清々しい。
音と言うよりは、耳を包み込むような圧力のような
不思議な感じの音がするのだが。
朝起きると、なんだかおかしい。
その汽笛がずっと鳴っているような、
気圧の変化で耳がこもったような、
耳の中に水が入ったような、
そんな感じが微妙にするのだ。
若干、左の方がひどい感じ。
あくびをするとその症状は治るかと(気圧の場合はこれでまず治る)、
やたらとあくびを繰り返してみたものの、変化はなし。
音楽を訊いてみると、低音部がかなり聞き取りにくい。
それから、自分の声が内部でエコーがかったような感覚で気持ち悪い。
2日様子を見てから、病院に行ってみた。
音だけなら、放っておいたような気もするが、
目眩を伴うようになって来て、さすがにちょっと恐くなってきた。
単車に乗って道路を走るには、平行感覚は死活問題である。
危うし、三半規管。
で、突発性難聴と、診断されました。
原因は、ストレス。
と言われると、もう何もできる事がなくなる気がするのだが。
(原因にストレスを持ってくる風潮は、どうにかならんのだろうか。対処のしようがない)
いろいろと重なって、一度に押し寄せていたので、
少し体が変調を来していたのも、事実。
心身ともに疲れているな、という自覚はあったのだけれど。
無理をするつもりは、あんまりないが、
「頑張る」と「無理をする」は同義ではないにしろ、
かなり類似した観念ではないだろうか。
とにかく、原因に心当たりはあったので、
後は抗生物質を飲みながら様子を見る事に。
というのも、少し前の話で、
今はもう、全くと言っていいほど変わりない。
治ったのかどうかは判らないが、回復は、した。
そもそも、難聴は完治するかどうかも判らないものと言われた。
しかし、全く聞こえなくなっていた恐れもあると言われると、ぞっとする。
音楽は楽しめないし、警告音で危険を察知することができない。
目覚ましもずっとならない状態だし、なにより人と会話ができない。
これから大きくなる子供の成長を、音では楽しめないのではないか?
という不安が頭をよぎって、かなり落ち込んだ。
ひとまず、耳が聞こえる程度に、頑張ろうと思う。
プレゼント
- 2009-05-02 (土)
- 01 戯言
さてさて、最初のプレゼントと言えば名前なのだ。
これはずっと前から、ちまちまと間に考えていたのだがね、
これ!と最初に思っていた名前は、
親戚に先着がいてしまったのだ(総勢60名ほどおるからね)。
その後も、ぐるぐるぐるぐるかんがえるものの、
どんどんどんどん深みにはまる。
音?意味?字面?字画?
基準をどれにするにしても、
なんだか決め手がなくて。
願いを名前に乗せていくと、なんか、全ての願いは
とりたてて強く言うのが憚られるような、当たり前の願いのような気がしてきた。
明るい子になって欲しいとか、優しい子になって欲しいとか。
暗くて他人を蹴落とすような子になって欲しい、なんて願う人はいないだろうし。
一つに据えてしまう、定めてしまうのも、なんだか狭苦しく感じてきた次第。
ぐるぐるぐるぐるまわって、一度原点に戻る必要がある。
そもそも、自分のものなのに、自分で決められないってのも不思議なものだ。
実際、親が子供にあげられるものって、何があるだろうか?
プレゼントには、四肢と名前。
それで、もう充分じゃないか。
それ以外にあげられるものは、
可能性しかないんじゃないか。
そんな気がしてきた。
未来はいつも広角で、先にはいくつもの可能性が眠ってる。
常に前を向くことが出来れば、少しずつでも進んでいけて、
いつかはどこかにたどり着けるだろう。
何を選ぶのか、自分を導くのは、きっと自分だと思う。
まずは、ボクが、ボクらが、大人達が、
未来が自由で、自分で決めていいんだってことを、
大変なこともあるけど、それでも楽しくて、
面白いことがいっぱいあるんだってことを、
ワクワクすることがあって、人生って楽しいんだってことを、
子供達に見せつけてやらなくちゃぁな。
こんな大人になりたいなぁって、
早く大人になりたいなぁって、
思わせることができる大人でありたいなぁ。
さてさて
- 2009-04-28 (火)
- 01 戯言
予定日を華麗にスルーして、はや3日目。
ボチボチおいでになるのではないかと思われます。
いつ呼び出しが来るのか、
モキュモキュしている次第ですよ。
出張中、で、ない事を、祈る。
乳白色の宝物
前々から気になっていた、会社の横のちょっとした空きスペース。
暖かくなって、グンと勢いを増した雑草の群れ。
先日の雨で土が柔らかくなっているので、
これはチャンスとばかりに、掃除の後に草むしりを実行。
緑だけでなく、あるわあるわ、色とりどりのゴミ。
繁っていると、どうしてもゴミを捨てて行く人が増えるのだよね。
冬の落ち葉もかき集めて、ゴミ袋5枚分。
ふと地面を見ると、一瞬「うっ」となった。
カブトムシの幼虫?……??………。
いてもおかしくはないだろうけれど、
こんな街中に?という感じ。
ホントにカブトムシの幼虫だろうか。もしかしたら違うのかも。
それよりも、一瞬「うっ」となった自分に、少し「!」となった。
気持ち悪いと感じたのだ、一瞬。
四半世紀前のボクがここにいれば、
「うっ」ではなく「おっ」となったに違いないと思う。
宝物判定で認定されたことだろう。
虫を「気持ち悪い」と思ったことが、少しさびしいなぁ。
もうすぐ来る新しい家族は、これを見るとどう思うのかなぁ。
何層にも重なるレコード
- 2009-04-04 (土)
- 01 戯言

雨が降ると、頭の中でお昼ご飯を食べたりした。
男3人だと、結構せまいタコの中。
落書きはだめなんだろうけど、
よく話のタネになったりした。
塗り替えられてもまた刻まれる
幾重にも重なる、誰かの思い出。
終わりを迎えるまで持続することをやめない生命活動の神秘と視覚的情報の入力における一次的解答の相関
- 2009-03-16 (月)
- 01 戯言
うちのベランダからは、天保山の観覧車と海遊館、遅くにはほんのりUSJが見えます。
海遊館からは、夜な夜な、アシカの鳴き声のような声が聞こえます。
屋上からは、湯気のような蒸気が上がっていて(これは日中もですけど)、
入館できる時以外にも、稼働しているんだなぁと思うのです。
遅番か宿直の人がいて、世話をなさっているのでしょうか?
水温調節なども怠れない訳で、
生命活動にはお休みはないのだなぁ
などと思うのです。
思うのですが。
どうしても、
湯気を見ると、
ゆでダコになっちゃうよ…
なんて思ってしまうのです。
あたたかくなってきましたね。
加点減点
仕事で、生活で、ちょっと行き詰まりを感じた時、
振り返ってみると、だいたい思考が
減点方式で動いている。
イヤなところばかりが目について、
出口は徐々に狭まり、とてもしんどくなってくるのだ。
しんどいから、そこばかりが目に入ってくるのかもしれないが。
加点方式だと良いところを探そうとするので、
精神衛生上、とても良いように思う。
ある程度、心に余裕がないと、
加点方式でいることは難しいような気もする。
なるべく、探すのは良いところ。
それを自分にも吸収し応用して、自分も良い方向へと向かうように
コントロールしてあげたいと思う。
睡眠サイクル
- 2009-01-23 (金)
- 01 戯言
生まれたての子供は常にむにゃむにゃと瞼を閉じ
2時間おきに目を覚ますという。
そこから徐々に起きている時間が長くなり、
成人を迎える頃には、徹夜で遊ぶなんてこともそんなに苦ではなくなるほどに
起きている時間が長くなる。
仕事をし、寝て起きてをくりかえしながら歳を重ね、
やがて老年期へと入る頃にはまた、起きている時間が徐々に短くなる。
やがては瞼を閉じ、永い眠りへと就く。
一応、毎日寝起きをしてはいるものの、
それは実は習慣による睡眠なのではないか。
もしそうであるならば、
実際は、老年期の睡眠とは本来2〜3日に一度が適正なのではないか。
つまり、覚醒と睡眠の周期は
生まれたときから徐々に周期が長くなり
内側から火がつく蚊取り線香のように、
徐々にサイクルの輪を広げ、やがて永遠へと向かうのではないか。
そんなことを思った。
入浴のオンデマンド
- 2009-01-10 (土)
- 01 戯言
好きな時間にお風呂に入ることができるってのは、
なんて幸せなことだろう。
朝の6時でも、夜中の2時でも
ガスをオンにすればお湯が出てくる。
昔は薪をくべて風呂を沸かしていた訳で
薪を割る、お湯を沸かすというその労力が
現代は指先一つでできてしまうのだ。
それによって生まれる弊害は、オンデマンド化によるエネルギー消費の増大だろう。
労力を極力減らすためには、一度のエネルギー消費で
数多く風呂タイムを消化するのが効率的。
だから昔は、みんな一緒にもしくは同じタイミングで
風呂に入っていたのだが、
徐々にその労力と、「もったいない」という意識は便利により薄れ
それぞれが自分のタイミングで入浴するようになっていっていると思う。
エコを声高に叫んではいるものの、
便利になれてしまうと、その意識改革は大変だろうと思う。
おいしいものをたらふく食べたあげくの
ダイエットの大変さと似たようなものだろう。
せめて、おいしいものを食べているという幸せ、
好きな時間に風呂に入ることができる幸せというものを
しっかり享受することが大事なのではないか。
なんて思ったりなんかしたりしているわけです。
地獄起きの幕開け
- 2009-01-07 (水)
- 01 戯言
本日から週1回(ないし2回)の地獄起きイヤーの幕開けです。
朝起きて外が夜だと、イヤだね。
往復4時間の小旅行は、本を読む時間に充てる予定。
体が変調をきたさないように気をつけたいところです。
時間の間を縫って、ちょろっと髪を切ってきた。
なかなかしょっぱい仕上がりです。
要約、3件です
- 2009-01-05 (月)
- 01 戯言
今日から仕事始め。
今年もありがた〜い社長の訓示を賜った。
要約すると、今年のテーマは3つ。
・ピンチこそチャンスである
100年に一度の世界恐慌。100年前の恐慌時代を経て大量生産工程で世界トップに躍り出たフォードも100年を境に沈没した。この不景気を背景に今年はたくさんの淘汰が行われるであろう。
フォードの大量生産大量消費方式は破綻したことも暗示するように、確実に価値観のパラダイムシフトが起きている。
うちの会社も厳しくなるが、ピンチの時はハードルも低い。つまりこれはチャンスである。そこからまずパラダイムシフトを起こしていかなければならない。
・美しいということ
我々デザイナという仕事の特性上、ビジュアルに関しては常にシビアでなければならない。「美しい」ということの物差しを常に磨いていかなければならないが、あまりにも表面の美しさ・きれいさしか見ていないのではないか。美しいと感じるのは表面ではなく、その背景にある形のないものである。そこをしっかり捕まえることができることが、今後のデザイナに求められるだろう。
・人間のエネルギー
ベトナムの街並みは、活気にあふれている。一台のバイクに2人や3人、時には無理矢理4人がのって走り回っているのだ。嫁入り前のお嬢さんであろうと、裾を翻してバイクで走り回っている。もちろん危険は伴うが、みんなが自己責任のもと威勢良く生活している。生きることに一生懸命であると感じる。たとえ襤褸をまとっていようが、その姿は美しい。
かえって日本はどうだろうか。そこまでの体温を、熱量を感じることはできるだろうか。
これからは論理だけでは解決できない問題がたくさん出てくるだろう。現状では頭打ちになっている。そこを打破するためのヒントは、そういったカタチにならないものの中にあるのではないか。
要約(意訳)してみるとこんな感じだ。
「美しい」に関しては、以前にも同じようなことを書いたことがある。たぶんそこにある「意思」のようなものに心が動くのだと思う。
年末年始のニュースでも暗い話題が目白押し。聞いているとつらくなるようなものばかりで寒さが余計にこたえる気がした。
それでも、明るく楽しく生きていくためには何が必要なのか。とりわけ、今年から家庭を持ちさらに地に足をつけて歩いていかねばならない。いろいろと考えさせられる機会だったと思う。
もの、物、モノの価値観から、心の価値観へのシフトはさらに大きくなってきているのだろう。幸せは自分が決めるもので誰かに与えられるものではないと、誰かが言っていたようにも思う。
ありがたいことをしてもらったとき、素直にありがとうと思える。
この幸せだけは、最低限なくさないでいたいものである。
2 0 0 9
- 2009-01-01 (木)
- 01 戯言

あ け ま し て お め で と う ご ざ い ま す
暗い話題も多いですが、
暗い中にいるときほど、
灯がすばらしく、頼もしく、美しく見えるものです。
身近にあるたくさんの灯にしっかり目を向けて大事にしつつ、
日々を噛み締めて生きて行きたいものです。
今年も、よろしくどうぞ。
おそれるなかれ 体当たり
- 2008-12-16 (火)
- 01 戯言
不景気の嵐が吹きすさび、身を切る風が突き刺さる。
暗い話題のフルコースでお腹いっぱいのこのごろ。
シビアな話題の連続で、笑顔にも脂が足りないような気がする。
新しい仕事のスタート地点に立ち、少々胸焼け気味である。
基本的に、逃げて逃げてここまで生きてきたところがあるので
どうも、このスタンスは気が重い。
しかしながら、逃げても立ち行かず、
ひとまず表に立つしか道はない。
いずれは立つことになるステージだとは思うのだが。
舞台に上がれば、ショーは続けなければならない。
ショー・マスト・ゴー・オンである。
せっかくの機会だし、これからさらにシビアな状況になるだろうという予測。
どうせならたくさん失敗しておこうと思っている。
うまく立ち回るには、相手は強敵すぎる。
自分の力だけで立ち回るのは難しいだろう。
ひとまず肚をくくって、
おそれるなかれ、体当たり。
眠い目を 擦りて朝の 声を聞く
来年は地獄起きの生活が続く模様。
芸能人の普通の人化
- 2008-12-13 (土)
- 01 戯言
以前はもっと生き方をプッシュしていた気がする。
「俳優」としての生き方とか、「芸人」としての生き方とか、
「歌手」としての生き方とか。
それが、近頃は何となく身近。(といってもあまり知らんけどね)
どちらかというと仕事としての面を表に出しているように感じる。
「俳優」「芸人」「歌手」という仕事を通してのライフスタイル。
見せ方が変わったのかなぁ。
垣根がなくなったのかなぁ。
それとも見方が変わったのかなぁ。
そういえば、最近は歌手って言わんね。
みんなひとくくりにアーティスト。
アートとビジネスは対極にあるような気もするけれど。
学歴と感度
- 2008-12-05 (金)
- 01 戯言
高学歴の人と接するとなんとなく
あぁ、そうなのか、と身構えてしまうところがあるように思う。
自分が皆目見当もつかない言葉と理論で話をされるかもしれない。という不安が少しある。
大学にも行かず、しがない専門学校出身だからだろうか。
アカデミックとは距離のある、手で考えるタイプだ。
なにがしかのコンプレックスがあるのかもしれない。
しかしながら、話しているとどうにも引っかかることがよくある気がするのだ。
おそらく知識も豊富で、情報がネストなのだろうと思うが、
なんだかピントがずれていたり、テンポがずれていたり。
どうも、感度が鈍い。
別に学歴がどうこうと言うつもりはないのだが、
ボクのまわりではその傾向があるような気がしないでもない(二重否定)。
一を聞いて十を返してくるような会話は、とても気持ちがよい。
そんなテンポで会話が続くと、一種の高揚感さえ生まれてくる。
伝えることに躍起にならなくてよいので、想いは自由に飛び回る。
飛躍した思考の欠片が、さらに次のステージへと運んでいってくれるような気がするのだ。
イメージは国境を越える。
学歴云々は、その時点の評価であり、そこから先は未知数だろう。
伸び代なら、むしろ低学歴の方が多いのではないかとも思う。
実際、勉強があまりできなかったタイプの人は
体当たりで事に当たってきたことも多く
体で学んだ、点数にはならない知識が豊富だったりする。
そういう話は説得力もあるし、聞いていて面白いことが多い。
実際、論文より、体験談の方が読んでも楽しいだろう。
知識が多いと、アクセスのとっかかりが多く、知恵へと結びつきやすい。
知らない事だらけでは前に進めない。
知識の灯火を増やし、たくわえることは大切なことだと思う。
それと同時に、アンテナの感度を磨き、
コミュニケーションのネットワークをより早く確かなものにすることは
かなり大切なんじゃないかなと思うのだ。
評価軸として表に出にくい分、人はそこを敏感につかみ取るように思う。
学歴は具象、感度は抽象。
人の記憶に雑感として残りやすいのは、抽象の方であるように思う。
横着者のデザイン
- 2008-11-27 (木)
- 01 戯言
コーヒー党で、だいたい1日に2〜3杯。
あったかいコーヒーには、落ち着きを取り戻す魔法がかかっているのではないかと思う。
コーヒーメーカにフィルタをセットして、ドリップ用の粉を1、2杯。
カップに水を汲んで、そのままコーヒーメーカへと注ぐ。目盛りの表示に配分をあわせたことはない。
スイッチを入れると、今度はカップにミルクを注いでおく。
砂糖は最近入れなくなった。大人になったか。
コポコポという音がしている間に、朝食の用意をしたり、メールをチェックしたり。
そのままうっかり忘れそうになることが多々ある。
家で使っているのは、赤いホーローのカップ。毎日キャンプ気分である。
カップに注ぐとミルクと混ざり、黒がホロにがい茶色へと色を変える。
立ち上る湯気とかぐわしい香りが魔法の扉をあけるのだ。
本来、コーヒーという液体がカップの中にあり、
そこに砂糖やミルクなどの要素を加えるという足し算の構図が一般的である。
その際は、スプーンを使って撹拌しなくてはならないのだが、
ボクの場合は、コーヒーにミルクを入れるという設定条件があるので最初にミルクを入れておく。
すると、コーヒーを注いだ際にそのいきおいで自動的に撹拌されるのだ。
ちょっとしたことだけれど、そうすることによって
スプーンでかき混ぜるという行程が省ける。
それから、スプーンを洗うという行程も省ける。
冬なら冷たい水で手を濡らさなくてもすむし、本を濡らしてしまうこともない。
横着しているといえばそれまでだが、
屁理屈をいえば、これは無駄を省いて合理化した「行為のデザイン」である。
いいデザインは無駄がない。シンプル・イズ・ビューティフル。
人類が向かっている進化の方向は、何もしなくても生きて行ける社会だ。
(それが熟成されてくると無駄が恋しくなってくるのだが)
徹底した横着を実行すれば、非常にソフィスティケイトされた生活がデザインされていくはずである。
イルミネーション・イリュージョン
- 2008-10-25 (土)
- 01 戯言
ベランダから見える海遊館が、
クリスマスと大々的に銘打って、なんだかライトアップされている。
ハロウィンはスルーみたい。さすがに早くないか。
ずっとライトアップされている海遊館入り口のジンゼイザメに加え、
マンタゾーンが新たに追加。
さらに大きなツリーを模したモニュメントがそびえ立つ。
ツリーはミルククラウンかな?しぶきが上がっているような
不思議な造形のツリーに仕上がっている。
ツリーの前には小さなアーチがあって
そこに立つとツリーの電飾の色が変わるという仕掛け。
アーチに小さなセンサがついていて、それがスイッチになっているようだ。
シンプルな仕掛けながら、単純に見ていて面白い。
アーチには鐘がぶら下がっており、それを鳴らすと色が変わりますと書いてあった。
これが「アーチにはセンサがついており、感知すると色が変わります」
と書いてあったなら面白みは半減するだろう。
違う言い回しを使い、人の動線をうまくコントロールするレトリックは、手品もマジックも同じ。すぐにわかるかわいいウソには、人も喜んでだまされるものだ。
詐欺みたいなビジネスもあるし、誰も悲しまない詐欺だってある。ブランドものなんて最たるものかもしれない。違いは、そこに幻想と満足があるかないか。
夢を見させるというテクニックは、ある意味、人を幸せに導くのではないか。
1 → 4
- 2008-10-21 (火)
- 01 戯言
引っ越しが完了して1週間。
ネットも無事開通し、ホッと一息。
しかし、部屋は未整理のまま。
箱をあちこち開けて探し当てる、非常に効率の悪い生活を営んでいる。
ネクタイはどこだ。
住所は、今まで住んでいたところから徒歩5分程度。
部屋からは天保山の観覧車が丸見えで、
8時半にUSJの花火があがることを目で確認できる。
昼間には、海遊館前の大道芸人のマイクの音や、
入場整理のアナウンス、汽笛の音などが聞こえてきて、とても愉快だ。
これまでの住まいと比べると、家の中を格段に風が通り抜ける。
また、日の入りも良いようでかなり明るく感じる。
ロフトがなくなったのは、ちょっとさみしい気もするけれど
バリアフリーシフトなので致し方なし。
懸念事項は隣室との音の問題。
これは、現在ちょっと気になるところだが、
隙間をテープで埋めるなど工夫して、
なんとかしなければならないと思う。
壁の防音は、調べたところちょっと難易度が高いかもしれない。
これは継続調査中というところ。
今、これを書いているのは新しいMac。
やはり計算の速いコンピュータはいいですね〜(にこにこ)。
これはひまり嬢(もうワイフなのか)が懸賞で当てたもの。
彼女が、今年懸賞で当てたMacはこれで2台目。
次に当たるものが、車だったりしないように祈りたいところ。
まわりでグスングスンやらゴホゴホやらヘックショイやらが
よく聞こえてきている様子。
今年も残り1/4を切った。ぜひともご自愛下さいませ。
オフィス・モラトリアムへようこそ
- 2008-10-15 (水)
- 01 戯言
先日、以前に勤めていた会社の諸先輩方と飲んできた。
ずっと声をかけてもらっていたのを、ようやく帳尻あわせて参加できた次第。
声をかけてもらっていることに関しては、深く感謝しているのだが、
8時待ち合わせで、7時に急な仕事が入ってあたふたあたふた。
時間に間に合うかやきもきするのが、どうも精神衛生上よろしくないので辞退が続いていた次第。
普段からバイクで移動なので、飲む機会がある時は電車移動に切り替えねばならないし。
突発的な飲み会に参加できないことも多々ある(駐禁切られるのはもう勘弁)。
諸先輩とは言いつつも、あんまり先輩先輩せず、ニックネームで呼び合ったり(勝手に呼ばせてもらっているのだが)。
よくよく考えてみると、以前に勤めていた会社自体がそういったフランクな雰囲気であった。
何となく部活のような、サークルのような(サークル入ったことないけど)、なんとも不思議な、仕事をしつつもどこかモラトリアムな匂いを醸し出している職場であったなぁ(感嘆)。
デザインの様々な試みをさせくれた場所だし、もちろん、いろいろ教わったし。
濃厚な3年半には、いろんな出会いがあった。多謝。
近況報告や知り合いのことなど話のネタは尽きず、
気の置けないメンバーでの食事は時の進むのが早い。
気付くと終電間際。
久しぶりに全力疾走で、足がフルフルしているのがとても気持ち悪い。
なんとなく、時が経ったなぁと思うこのごろ。
風が冷ややか。誰かさんが見つけた小さな秋は、もう目の前だ。
お祝いに不気味な貯金箱をいただきました。
風流・オン・マイ・マインド
- 2008-10-01 (水)
- 01 戯言
涼しく(というか寒く)なってきた。
自動販売機の“あったか〜い”軍が、徐々にその勢力を伸ばしている。
コンビニエンス・ストアでは、血で血を洗うオデン・ロワイアルが開催中。
以前から感じていたけれど、
「しらたき」って名前は、風流だなぁ。
「もみじおろし」ってのも、秀逸。もみじ入ってないもんな。
「竜田揚げ」ってのは、ちょっと狙った感があるので、65点くらいか。
「月見うどん」も、まずまずいい線行くよな。
「風流」って言葉が、まず風流だよなぁ。
他にはなにがあるかな〜?
とにかく、ごはんがおいしい季節になって来ましたね。
夕焼けがきれい。
時は過ぎるものでなく やってくるものである
- 2008-09-30 (火)
- 01 戯言
何かのアドバイスを求められる時、
何かの問題に対する答えを模索している時、
何かの筋道を構築している時、
何かのストーリーを思い浮かべている時、
何かについての話をしている時、
誰かと時を同じくしている時。
なんてことはない日常の一コマ一コマ、
全てのことはクリエイティブであると思う。
創造するにあたっては、
人それぞれ千差万別十人十色いろんなやり方があるはずで
方法論に関しては、その人にあったもので基本的に問題がない。
(様式美というものもありますけれど)
しかしながら、創造の向かう方向は
そんなに差がないのではないかな、と思う。
効率を重視したり、損得を計りにかけたり、
いろんな知識を身につけるにつれて、
つまり、大人になるにつれて、
だんだんとゴールが複雑化して行く傾向があるように思うが、
行き詰まった際、まわり回って出てくる命題は
「 ど う し た い か 」
に行き当たる。
主語が自分であったり、他人であったりはするけれど、
前に進まなくなった時、この原点に立ち返ると
物事が流れ出すことが多い。
「どうしたいか」には夢があり、希望がある。
意志とは前へのベクトルだ。
不定形の未来が持つ推進力というものには
計り知れない力があるものだと思う。
理想のカタチに向かっていく姿は
迷いなく、思い切りがよく、揺るぎない。
実際、見ていてとても気持ちの良いものだと思う。
無駄を省いたシェイプは美しい。
それは、強さにも似たものへのあこがれに近いのだろう。
シンプル・イズ・ベストの概念は、
これに近いものがあると思う。
時は過ぎるものでなく やってくるものである。
今までを分析して取り入れるのは大切だ。
が、それも未来への指針でしかない。
どうせ戻ることはできないのだ。
悔いても過去の形は変えられない。
足を止めても、目をつむっても
時はやってくる。
これからやってくる不定形の未来に
どのような形をもたらすのかは、
自分が決めるのである。
その点に関しては、
皆平等なのではないだろうか。
ゼロベース・オオサカ・ミューズ
- 2008-09-09 (火)
- 01 戯言
長い長い旅路を経て、
新しい大阪が始まるための
大阪アイデンティティが
やっとこリリースされた。
「大阪維新」「大阪ミュージアム構想」
一見、どちらもシンプルで
特にすごい技術が使われているものではない。
しかしまぁ、しかしまぁ、
これが生み出されるまでの旅路は
それこそ一遍の映画にもできそうな
山あり谷あり起伏に富んだ
アヴァンギャルドな制作状況であったこと。
久しぶりにどっぷり手をかけて取り組んだ気がする。
かなり勉強させていただいたと思う。
(学習できているかはまた別の話)
デザインってこういうことだったなぁと、
なんとなく感じるところがあった。
いつも、作ったものにあまり興味がないのだが、
今回は、なんとなくみんなが目にするのが
楽しみであったりなかったり。
夜 雨 雲
- 2008-08-25 (月)
- 01 戯言
朝 白 光
葉 風 緑
音 水 碧
信号待ちで目の前を、赤とんぼが一匹横切る。
わななくノイズのような蝉の声がなくなった。
日差しがまぶしいながらも、風はひんやりと涼しく、本当に気持ちが良い。
そこかしこで、ほのかに夏の終わりを感じるようになってきた。
二輪で走ると季節の移ろいは、より顕著に感じることが出来るように思う。
夏休みが終わりを告げる手前のこの時期が、なんとも危ういバランスで哀愁めいていて、少し寂しく、結構好きだった。
みんなが夏休みの宿題に追われているのを横目に、一人でブラブラする朝は、祭りの後の静けさのような、新学期からの喧噪のウォーミングアップ。終わりでもなく、始まりでもない、取り残されたようにポツンとたたずむ夏の残り香だ。
思えば小学生時代から、もう20年近くの時間が、やって来ては目の前を通り抜けていった計算になる。
書いてみて、あらためて、もうそんなに経つのかと驚いた。
そりゃ、あちこち不具合も出てくるだろうし、息切れだってするだろう。
折り返したのかどうかは判らないが、まだまだ楽しみたいことがたくさんあるので、周りにも体にも適度に気を配りつつ、季節の移ろいを楽しんでいきたい。
夏の夜に 移ろう火花 夢花火
風が吹いても 色を忘れず
にゃむにゃむ
- 2008-07-31 (木)
- 01 戯言
うちのマンションの下にさ、
バイクを停める駐輪場があるんだわ。
でも、あんま広くなくてさ。
みんなが寄り添って停まってる感じ?
だいたいみんなの場所も決まってて、
となりにはでっかく“JOE”ってステッカーが貼ってある
ピンクのジョルノなんだわ。
ジョーってなに?ジョー・ヨンピル?
で、そいつのはいつも停めてあんのー。
そいつのさ、バイクカバーがさ、
なんかいつもこっちにビローンって来てんの。
端っこビリビリなんですけどーって感じ。
チョ→マジムカついてんのね。
いや、ほんとは、そんなに。ウザッて感じ?。
でも踏んづけて、なんか言われんのヤだし、
毎回足でのけたりして片してんのね。
それが、今日は珍しくちゃんとおとなしく収まってんのよ。
ヤバくね?
あぁ、やっと気づいたか、なんつって
感心してほくそ笑んでたらさ、どうもなんかおかしいんよ。
こう、なんつーか収まり具合が不自然なのよ。
引っ張りがあって引きつって収まってる感じ?
ヤバくね?
で、よくよくみてみるとさ、
ちっこいにゃんこがカバーにくるまって寝てんの!
キレイに収まって寝てんの!
ヤベッ!
ちょっヤッベ!
もう、オレの中の大気圏に突入!って感じ!
ジェットでゴーでカムアゲインって感じ!
いみわかんね。
もうもう、起こさないように
静かにバイクを移動させてさ、
こっそりこっそり停めてさ、
もう一回のぞき見したら、起きてやんの!
で、一回こっち見て目合わしてやんの!
で、また寝てやんの!
ヤバくね?
にゃんこヤバくね?
今日「萌え」の概念を完全に理解した。
コバルト・トゥ・スカーレット
- 2008-07-30 (水)
- 01 戯言

とまぁ、オレの出番がやってきたわけだ。
先代のコバルトと交代してから、早2週間。
ボチボチ旦那もオレに慣れてきた頃だろう。
燃料高騰の今の時期に、
なんで燃費のいい先代からオレにスイッチしたのかは
いまいちよくわからんのだが、
それでも、リッター30kmくらいはいくわけだし、
オレも捨てたもんじゃないはず。
高速も走れるし、車検もない200ccだ。
ホントは旦那、125ccがよかったらしいんだがな。
あいつはもうパーツがねぇから、修理がむずかしいんだよなぁ。
まぁオレの太足も、見ようによっちゃぁレトロだろ?
前足も太くするつもりなんだろうか。
コーディネートも赤にそろえてもらったしな。
結構あちこちで「遅い」なんて陰口たたかれたりもするけど、
うちの旦那、臆病だからあんまりスピード出さねぇだろうし、高速も走らねぇし。
町中ヒタヒタ走るにゃ、いいだろう。
せまい日本そんなに急いでどこ行くんだ?
それから、先代とはギアの入りが違うから注意な。
若干ファットなボディ、特にヒップはグラマラスだぜ。
タンデムの乗り心地はまるでソファだ、といったら過言だが。
シートが長すぎるのはなぁ、
こいつは生まれつきで、SUZUKIさん家がどうやら設計で
間違えちまったらしいんだよなぁ。
どう見ても長すぎるとは思うんだけど、
個性ってヤツは一見、奇妙に思えるものだとも言える。
まぁ、愛嬌ってことで、な。
先代から比べると、やっぱりちょっと重いからなぁ。
押してもらうときにゃぁ、ちょっと旦那に迷惑かけるけど、
その分、快適な風をプレゼントしようじゃないの。
これから長いつきあいになるんだ、
だれも悲しまない道路走行で
楽しく一緒にあちこち行こうじゃないの。
新しいパートナーっつーことで、ひとつよろしく。
よーしっ、いくぞーっ!
バイバイまたな
- 2008-07-16 (水)
- 01 戯言
とうとう役目が終わった。
春の桜吹雪の中も、襲いかかる雨粒の中も、
90ccの青いボディに風を受けつつ、
マスターを無事に目的地に届けることができたのは
運が良かっただけなのかもしれないが、
自分の中での大きな自信につながっている。
大型のトラックに怯えながら京都までの120km。
雪の振る中、手をしびれさせながら岡山への一人旅のおともに。
街灯のない真っ暗な山道は、私のヘッドライトだけでは少々役不足だったろう。
横風に足を取られそうになり、ヒヤリとさせたことは何度もあった。
燃料関係に関しては、ずいぶんと負担を減らせたのではないかと思う。
たくさんの時を共にし、たくさんのことを共に体験した。
思い出は遠くはるか。
その時がやってきた。
ただ、それだけだ。
そろそろ次の場所へ行かなくてはならない。
どこへ行くのかは決まっていないが、34903kmのその先へ。
いるべき場所がここでなくなったのは確かだ。
長いお別れになるかと思う。
でも、さよならなんて言わないで、
「またな」
そう言って見送ってほしい。

そうですよ、先生!
- 2008-07-05 (土)
- 01 戯言
先日梅田のジュンク堂で、たまたま見つけたのが、
小学校の頃、授業で教えていただいた先生の本。
丁度その日が出版された当日で、喜び勇んでレジへ向かった。
付いていたはがきに、その他の本の購入希望と
先生へのメッセージを記入して送付。
本日、その商品が届いた。
もうひと回り半も昔、
ボクはその先生のそばで
「作ることの楽しさ」を教わった。
図工の先生である岡田淳氏は、
とてもやわらかく笑う。
授業も一風変わっていて、
クラフト紙でビー玉のジェットコースターを作ったり
紙から紙粘土を作ってフリスビーを作ったりもしたかな。
絵もいろいろ描いたけど、
色が違って当たり前、
形が違って当たり前。
だってみんなそれぞれ違う人間じゃないか、と。
合わせなくてもいいんだと思えることで
とても自由になれた気がした。
自由でいいんだと思えることで
とても気が楽になった。
授業だけれど、一緒に遊んでいるような
不思議でワクワクして、とても好きな時間だった。
もっと先生と遊びたいと
ボクは、工作クラブに入った。
図工は比較的得意なことだったので
手が早いかうまくできるかがあっただろう。
副部長としてチョコチョコ先生の
アシスタントのようなことも
させてもらったりした。
いまボクがデザイナーなんてしてるのには
先生の影響がかなり色濃くあるはずだ。
小学校を卒業してからは
すっかり音信不通になってしまったけれど
先生の著書はだいたい読ませてもらっている。
その本がまた、
先生みたいに不思議とワクワクして、やわらかいんだ。
今日届いた本には、出版社からのチラシが一枚入っていた。
おそらく小さい出版社。
チラシも簡易印刷な雰囲気で、
いろいろと思うところはあったが、
そのチラシに一言
「顔も名前の読み方も覚えてるよとおっしゃっていました」
と書き添えられていた。
ボクの下の名前は「聡」と書いて「アキラ」と読む。
今まで、一度もちゃんとそう読まれたことがなく
だいたい自己紹介の時は訂正しなくちゃならないんだ。
自分でも、もうすっかり慣れてるけど、
そういったエピソード自体を覚えていてもらえているんだなと。
また、それをメッセージとして出してくるのが先生っぽいなと。
なんだか、非常にうれしかった。
ニヤニヤしながら届いた本を開けると
最初にイラスト入りのサインが!
もうなんだかカラダがあつくなる感じで
まいったなぁもう、という
なんともよくわからない気恥ずかしさで
ニヤニヤニヤニヤしながら1冊読み終えた。
さらにもう1冊に手を伸ばすと(2冊購入した)
そこにもサインがっ!!
さらにオリジナルの付箋が貼ってあって
「to AKIRA
段上小(学校)だったよな。
ありがとう!
JUN」
と書かれてあった。
と、そういうわけで
いま、ニヤニヤニヤニヤニヤニヤしているのです。
やべぇ。たまらん。
今日はいい夢が見れそう。
でもなんか、全然ねむくないんだ。
内側の迷路

あるビジュアルの連続や反復,集合は
ある種の圧迫感を生み、
イメージを強調させる効果を持つ。
無機的でどこか不自然な調和をもたらす。
駅の屋根の内側に見た
ビジュアルイメージの源泉。
クラッシュ・バイセコー
- 2008-06-30 (月)
- 01 戯言
会社の前に、うち捨ててあったバイセコー。
折りたたんで車にも乗せられるあのタイプ。
二週間ほどでとうとうしびれを切らして、自治体に連絡。
車体番号と防犯登録番号を確認してもらって
持ち主へ通報してもらったところ
もう新しいのを買ったようで、処分してくれとのこと。
サドルは一部ひびが入ってるし、
外れてしまったチェーンと車体にもあちこちサビが浮いているし、
ペダルもどうやら調子がおかしくなっている様子。
そりゃぁ、新しいのがあるならこれはもういらんなぁ。
そう思わせる条件が、必要にして充分な状態のクラッシュ・バイセコー。
本日、引き取って帰って参りました。
えっちらおっちら調子の悪いペダルをこいで一時間。
会社帰りのエクササイズと思えば、そうそう悪いもんじゃないよな。
(熱帯夜や雨模様は勘弁だけど)
ブレーキのワイヤーもチェーンもペダルも
悪いところにゃ手を入れて、生き返らせてあげようじゃないか。
薄汚れたベージュも、カラフルに塗り替えてみようかな。
新しく買ったお気に入りのモノもいいけど、
手をかけたモノにゃ、また違う愛着価値が生まれるもんだ。
新しい楽しみの予感とともに
寄り道 抜け道 迷い道
路地裏倶楽部
- 2008-06-29 (日)
- 01 戯言

細い、狭い、暗い、淋しい、
猥雑、混沌、無秩序、
混濁、煩雑、不安定。
路地を見ると
どうもグッと来る。
にゃんこ先生たちの目線はこれくらいかな。
最近、近所のにゃんこ先生たちが
夜な夜な活発に唄っていて、なんかいいです。
カントリーロード
- 2008-06-16 (月)
- 01 戯言

実家に帰った。
いくつか新しい道ができていて、
まだ実家暮しだった頃、通勤・通学に使っていた道は
今は誰も通らないようだ。
新興住宅地のすぐ裏手には、
まだまだカントリーな風景が広がっている。
いろいろと問題というのは、湧いて出てくるものだけれど、
正面で受け止めすぎると、ちとしんどいこともある。
右から左ではないけれども、
半身で構えるくらいの方が適切なのかもしれない。

それから
道ばたにあったカオスな看板。
見えないので、以下、翻訳。
「
犬
可いい 仔犬
柴犬 豆 生まれて
ミニダシクス おります
マール ミニシルティー
チワワ ミニピン
犬のことなら
相談下さい
おばさんの店
072-XXX-XXXX ワンワン
サンキュー 」
マールってなんだ。
夜の配管
- 2008-05-23 (金)
- 01 戯言

帰り道、
いつも引っかかる信号で右を向くと
クネクネ身をよじっている配管たち。
もちろん、朝も身をよじっているが、
夜の方が、楽しそうにしている気がする。
右に折れ 左に曲がり 下に降り
しばらく行くと また上り坂
おぉ、まるで人生のようではないかっ!
直線距離をツっぱしるより、
こちらの方が造形に趣があり
美しいと感じるのであるが、いかがだろうか。
レッド・ガレージ214
- 2008-05-18 (日)
- 01 戯言

通勤途中にいつも見る赤レンガ倉庫。
帰りに寄って撮ってみたら
なにやらイケナイモノでも売買されていそうな
ダークサイドな雰囲気。
それをパシャパシャ撮っているボクは
廻りにどう見えているだろう
サンセットポート・築港
- 2008-05-12 (月)
- 01 戯言

ケータイ電話をかえました
機能が多くて覚えるのが大変です
電話機能もついている。という感じ
使い勝手も大きく変わって面食らってます
システムが整備されてなくて、
お店でメモリーを移せない
パケット通信は結構お金がかかるみたい
実家ではやっぱり電波が届かない
まだいろいろ不便です
ただ、カメラ機能を充実させたかったので
一応本懐は遂げている
ノキア・ボンバイエ
靴底ブレーキ
- 2008-05-09 (金)
- 01 戯言
ばあさまの弟(大叔父?)が向こうに住んでて、
庭師として生計を立てている。
ちょうど仕事にあぶれて、時間に余裕があり、
長期でいけるなら今かなということで、向こうに渡ってみた。
大叔父とは、小さい頃かわいがってもらっていたようだけれど
あまり記憶はナシ。
お金もあまり持ってないので(3万円くらいしかもってなかった)、
庭師の手伝いをさせてもらうことになった。
庭師の手伝いをしながら2か月ほど生活したのは、Maderaという片田舎。
家のすぐ近くにはセブンイレブン。
ビールのお使いも、たばこの購入もIDを求められるのは辟易だけれど
店員ともすっかり仲良くなってた気がする。
ちょっと大きめのスーパー(ウォルマート)があったのだけれど、
これが歩くにはかなりの距離。(一度試すと55分かかった)
コンビ二では事足りない買い物の時に、わざわざ車を出してもらうのは億劫。
たまには一人でブラブラしたいが、
歩いて行くと言うと、車で送ると言われるし...。
ある時、ガレージに使っていない自転車を発見。
これを修理してしよう許可を得ることに。
修理箇所はタイヤとブレーキ。
まずはパンク。
これは、まぁ修理道具もあったので、苦もなく。
問題はブレーキ。
これはブレーキシューがすっかりなくなっているという状態で、
本来、タイヤを両脇から挟み込んで摩擦でタイヤの回転をとめる
そのゴムの部分がそのままないのである。
部品を買いにスーパーに行くのは、本末転倒。
ガレージを物色していると、履き古した使っていなさそうな
ブーツを何足か発見した。
これをおろしてもらって、靴底を解体し、ブレーキシューのかわりとすることに。
同じくガレージにころがっていたノコギリをつかって
細かくギコギコと分解して行くのだが、
これがめっぽう切りにくかったのを覚えている。
大きさを調整した靴底ブレーキシューをねじで固定し、さらに調整を繰り返す。
なんとか使用することができるようになった、靴底ブレーキ自転車。
日本にいれば、こんな面倒な修理なんてすることはなかったと思う。
貴重な体験と言うよりは、稀少な体験。
工夫すりゃ、なんとかなるもんだなと実感したら、
生きるのが少し楽になった。
下駄を手にいれた途端、街はほんの少し小さくなった。
好きに移動できると言うのは、なんとも気持ちがいいものだ。
一字違い
- 2008-05-09 (金)
- 01 戯言
「良く思わせる行為」「良く思われる行為」
たった一字の違いだが、
一字を覆う志が大きく違う気がする。
「良く思わせる行為」には、なんとなく作為的な響きがある。
その場がうまく繕えれば、
その時をうまくやり過ごせば。
そんな打算が背後に隠れている気がする。
見られていないところでは
何をしているか分からない、そんな一抹の不信感があるのだ。
“ブリッコ”はこれに当てはまるだろうか。
それと比べると
「良く思われる行為」には、
本来その人が持っている自然な心持ちが
そのまま行動に現れている感がある。
行為に打算がない故、それがそのまま、その人の印象へと移行する。
こちらは、誰かが見ている・見ていないは問題ではない。
隠れた善行、徳を積む、情けは人の為ならず。
信頼を置くに足る指針となるのは、こちらだ。
健康優良体
- 2008-04-23 (水)
- 01 戯言
ちょっと前になるけれど、
健康診断の結果を聞いてきた(郵送はしてくれない)。
基本的には健康体。
若干貧血ぎみであるとのことで、
血液の欄に☆(←これがついていると平均値よりも下)。
BMIにも、もちろん☆。
以前はコレステロールが足りないと叱られたが、
今回は平均値内。
食生活は炸裂的に悲惨なので、
改善するべきなのでしょう。
今後の課題。
やっぱりたばこはやめれと言われましたよ。
もう言われ慣れた感あり。
しかし、現在目下激戦区前線奮闘中。
今調べたら、きっと☆がたくさん出るだろう。
自分のためなら、あまり健康には気を使わないけど
仕事の段取りや、いずれは家族のこととか、
考えるようになってくるだろうし。
自分以外のためになら、
生活改善も意識できるようになると思う。
先を見て、少しずつ
調整を加えていこうかと言う心持ち。
想像の可能性
- 2008-04-08 (火)
- 01 戯言
街の灯りが所在を主張し
片隅に潜む夜の黒
そこにいるのは
神か仏か魑魅魍魎か
ボクを狙うスナイパーか
はたまた、驚かそうとしている友人か
もしくは、好いてくれているあの子か
魔法使いの黒猫か
唄いそびれたカナリアか
闇が多くを覆い隠している分
夜は想像力の可能性が広い
あまねく想像が、空想が、妄想が
夜に溶けている
おふたりさま、おめでとうございます。
- 2008-04-06 (日)
- 01 戯言
誰が為に鐘は鳴る
- 2008-03-30 (日)
- 01 戯言
自分のためにできること
何をするにも自分のために
ならなくちゃぁなんて思いは
プアーだと思うんだ。
でも、
何をしても自分のためになるとも
思うんだがね。
どこをゴールに置くかで
かわっちゃうんだよ。
自分のために
がんばることは素敵なことだ
そう思う。
でも、自分のためにがんばるってのは
なかなかむずかしいことでも
あるよな。
だれかのために
そっちの方が
力を込めて
身を入れて
がんばれることが多い気がする。
それがまわりまわって
自分のもとに返ってくることは
割りかし多いと思うよ。
そこから
ちゃんと見つけだして
自分のものにする。
そういう心持ちは
必要だけれど。
自分のためにがんばれない人は、
身近でも遠くでもいい
だれかのために
自分を良くしようと
考えてみればいいんじゃないかな。
びよういんにいってきた
- 2008-03-24 (月)
- 01 戯言
ちをとって
せをはかり
おもさをみたら
さんきろふえてた
シッコもとって
しんぞうのおと
すうじにかえたら
はい、おしまい
ごねんぶりの
けんこうしんだん
けっかはどきどき
にしゅうかん
これからは
めんてなんすに
おかねがかかっていくんだろうなぁ
びよういんにいってみた
- 2008-03-19 (水)
- 01 戯言
かみのけがのびたので、
びよういんにいってみた。
ながくまえにいってからは
ずっとじぶんできっていたので
ドキドキしました。
おもっていたよりも
はやくおわっておどろいた。
じぶんできるとそうはいかなくって
もっともっときっていたとおもう。
それでも、これからあったかくなるので
かみのけがみじかくなってよかった。
まえのひに、ていでんがあったといっていた。
もしもていでんがあったら、
でんきがきえて
このぱそこんもきえてしまう。
いまていでんがきたら、こまるのでどうし
立体感
- 2008-03-11 (火)
- 01 戯言
最近、立体感が気になる。
これまた、何をいってるのかわからねーと思うが、気になるのだ。
普段、二次元の制作物と格闘しているのだが、
うまいものには、奥行きを感じる。
パースペクティブ。
実際にはないものだからこそ、
それがリアルに感じられる時
そこに更なる高みを感じるのだ。
ちょっとしたバランスの違いで、
これが如実に現れる。
そこが難しくもあり、おもしろいのだが。
これはまた、音楽にも良く感じる。
薄っぺらい曲というのは、実際あるものだ。
もちろんミックスによる違いはあるだろうが、
構成による違いもかなりあるように思う。
自分で作ってみるようになって
より気がつくようになった。
立体感があるということは
深みがあるということ。
人間としての立体感
みたいなものも
あるんだろうなぁと、思う。
また日が暮れて また日が昇る
あ…ありのまま 今日 起こった事を話すぜ!
『家に帰ると、誰もいないはずの部屋の暖房がついていた』
な… 何を言ってるのか わかると思うが
おれも なんでそうなったか わかるんだ
陰翳濃ゆく 流れる町並
なまぬるく 揺らぐ道標
移ろい行く 春夏秋冬
身にあおぎ 車輪が廻る
三寒四温の 空の下
春を愛する 心清き人
つづいてく 道と青空
つづいてく 未知と時の輪
ショーゼン・バット・グドン
- 2008-03-06 (木)
- 01 戯言
犬がいなくなって一週間。
もう少し、かまってあげれば良かったなぁ、
もう少し、世話してあげれば良かったなぁ、
かわいそうなことしたと、思わないでもない。
読んでいた本の中で、偶然にも犬が死んでしまうエピソードが出てきた。
こちらは、さらにかわいそうな話だ。
ペットたちのアウシュビッツ、段ボールから保健所までの話。
実際に現場を見たことはないが、想像しても悲しいものだ。
興味本位で手に入れ、かわいがり、飽きたらポイ。
消費することになれ過ぎてしまったのは
水の低きに就くが如し、かもしれない。
ボクは基本的に人間性善説を採用しているが
愚かな生き物だとも思う。
合掌
脆弱性が発見されました
- 2008-02-25 (月)
- 01 戯言
靴のかかとがとれた。
寒くないし、ラッパズボンと相性がよいし、スーツにも合わせられるし、
何よりコツコツ足音が響くのが楽しくて
最近はブーツを履いていることが多い。
アメリカ帰りのウエスタンブーツ。
8年ほど前に向こうに行ったとき、おみやげにもらって帰ってきたものだ。
多少のスリ減りがあり、昨年リペアをしたところであるのにもかかわらず
何かの拍子にかかとのゴムの部分が、ぺろりーんと。
来客があったので、木工用ボンドで応急処置したものの、スグにアウト。
完全に離脱した。
現在は瞬間接着剤で対処しているけれど、どれだけ保つものか。
一度生まれた不安は、無意識化にすり込まれ、なかなか消えないものである。
歩き方が、若干ぎこちない。
ブーツと修理とアメリカで思い出したけど、
この話は、また今度。
おお、新しいパターン。
新装開店、新奏開展
- 2008-02-24 (日)
- 01 戯言
ちまちまちまちま、システムをいじって
いそいそいそいそ、装いを整え、
こつこつこつこつ、過去のテキストを入力。
やっとこ新装が整った。
まだまだ、方々に手を入れて行かなくてはならないけれど
いろんなところから、ソースを拾ってきてつなぎあわせているので
正直よくわからん。
いろいろ勉強していかないと。
過去のテキストを移植していくのは、
少々骨が折れる作業だった。
稚拙なテキストを通じて、
過去と向き合うのは、面映ゆい感じで、
仕事もちょっとバタバタが続いていたので
骨どころか、心までも折れるかと思った。
テキストばかりだと味気ないので、
以前に作ったスライドのムービーを追加。
ついでにもひとつ、新規に作成。
テクニックが足りないので、あまりおもしろみはないけれど
まぁそこはご愛敬というところ。
音と映像が、若干ずれるんだよね。
まぁ、そこもご愛嬌。
音楽とともにお披露目といったところ。
ひとまず新装開店。
ペースはいつも通りだけれど、
いろいろ試していきたいと思います。
080110
- 2008-01-10 (木)
- 01 戯言
あけましておめでとうございます
と言うには、もう少し遅いですかな。
去年の暮れにiPodを買ったのです。例によって(※1回目)セコハン(中古ね)。OSの関係もあり、今まで初代iPodを使用していたけれど、さすがにちょっと大きく邪魔っけなのですよ。デバイス部分もかなりへたってしまっていて、充電・編集のために、毎回5分ほどの時間を要して、匠レベルの微調整技術を駆使してケーブル接続をしなければならなかったので、とうとう音を上げたのでした。
会社でのマシン不調(なぜか年末の忙しいときに調子を崩すのだ、アイツは)に伴った環境移管で、家の環境もOSXベースに切り替え。金五千円也にて初代 iPodmini(blueしかなかった)を購入にございます。先代と比べると、若干出力が小さいような…。バッテリも減りが早い気が…。でも、気にしない。後悔なんてしていない。泣いて…ないよ。
秋の終わり頃から、ちまちまGaragebandで曲を組み立てて楽しんでいる。
何であれ、作り上げたときって「俺天才!」って思うよね。自己満足、結構じゃないか。自分でさえ満足していないのに、他人を満足、ましてや感動させることなど出来やしないのではないかね?
と台詞調に書いてみましたが、どうでしょうか。
そんなわけで新しいiPodで、自分の組み立てた曲を聴いて、モキュモキュしているところです。ご機嫌いかがでしょうか?ウエハラアキラです。
例によって(※2回目)誰もいない実家に帰省していましたが、元旦は年越しでドライブを(ミュージシャンだと「元旦は年越しでライブを」になるな)。こういう機会でないと車を運転しないので、あてどなくブラブラと3時間ほど。1年半ほど運転していなかったので、なかなかドキドキスリルビクビクドライブでした。
南港の方はイベントごとがあったようで、少し混んでいたものの、道路は比較的スイスイと流れていて、イライラはナシ。USJではニューイヤーの花火が上がっていたようで、ドンドン音がしておりました。急いで車を止めて、見えるところまで走って、煙を確認しました。
うん、そうだよ、花火は見れてないよ。
大阪城はライトアップされていて、離れたところから見ても十分美しい。上部に少し欠けはじめた月が配されて、コントラストのはっきりしたモダンなイラストみたい。夜の工場もCGの様で、かなりモキュモキュしたのでありました。
2007年の後半を[log]の方へ移管しました。ぼちぼち新しいスタイルを考えなきゃなということで、ぼちぼちと仕込みをしているところ。完成がいつになるかは、ゴッド・オンリー・ノウズです。
「あなたが見たいと思う世界にあなた自身がなりなさい」と言ったのはガンジーだったかな?ボクは、笑顔をいっぱい見たいです。たくさんの人にたくさん、よろしく。
071230
- 2007-12-30 (日)
- 01 戯言
百貨店にシャツを仕立てに行って来た。最近紳士服売り場は好きだ。しかし、あまりなじみがないので多少緊張はする。
シャツを仕立てるには、生地を選ぶ必要がある。これが楽しくともムズカシイ。各ブランド別にカラーもパターンも豊富。基本的にスーツに合うものをと考えつつ、普段にも着たいと思うし、どうせ仕立てるなら、あまり既製品では見かけないようなのがいいな、などといろいろ欲が出る。基本的にボクは派手な方が好きなので、目がとまるのは暖色で色鮮やかなモノが多い。
販売員さんに声をかけられたので、いろいろ質問をぶつけてみる。青ベースのものはスーツに浮いてしまう傾向があるとか、クレリックシャツとチェックパターンは相性が悪いだとか。
しばらくとっかえひっかえ逡巡して生地を決めたら、身体の各部を計ってもらう。販売員さんは、すべてを計り終えてからまとめて紙に記していた。つまり数字を記憶しているわけだ。てきぱきとメジャーを動かす姿は、職人を感じさせた。ボクの利き手は、左手よりも1センチほど長いようだ。「ほそいですねぇ」と言われるのは、まぁ予想通り。
サイズを計り終えたら、パーツのディティールを決めていく。襟の形に袖、前あわせに背中のタック、ポケットの有無やデザインなど。オプションでの刺繍で、日付を入れてもらうことにしたが、そんなお客さんは初めてだと驚かれた。
販売員の方に、男性と女性でシャツの合わせが違うのはなぜかと訪ねてみた。後々調べてみると諸説あるらしいが、その方は「男性が脱がせやすいようにではないでしょうか」とおっしゃっていた。脱がせる機能としてデザインされているのであれば、なかなかウィットがあってステキだなと思った次第。宗教的な理由や識別のためのアプローチよりも、余裕が感じられる気がする。
今年も残すところあと少し。仕事は無事納めたので、残る仕事は掃除と年賀状(遅いゾ!)だ。
振り返るのはあまり好きじゃないが、30歳にもなっちゃったし、いろいろなにかとあったように思う。特別大きな事故もなく平和に過ごせたことに感謝している。全体的には雑事にかまけてのんびりしてただろうか。もう少し必死さがあってもいいのでは?とも思うのだが。
2007年に素敵な彩りをくれた、たくさんの人に感謝。新しい年も笑顔で逢いましょう。
071219
- 2007-12-19 (水)
- 01 戯言
この時期恒例の忘年会や雨の影響で、バイクでの移動は久しぶり。
家の中で何度も心を叱咤してから、勇んで屋外へ向かうわけだが、
激励のおかげか出てみると存外寒くない。
なんだ、いけるんじゃないか。余裕余裕。
と思うものの、走るウチに沁みてくるのだ。
冷気が。
上はある程度着込みをしているので想定内なのだが、下半身はなかなかキツイ。
股引(股引は「もも」なのになんで股なんだろう?いや、「股」を「引」きしめるから「股引」なのだろうが、なぜ「もも」ひきという呼び名なのだろう?が正解か)を履くという選択肢もあるが、
履くと負けだと思っているので(何に「負け」なのかは不明)、履かない。
主にジーンズ一枚だ。
とにかく、足がさむい。目的地に到着する頃には心が折れそうである。
電車で移動でもいいのだが、どうも気が進まない。
時間がどうにも無駄に感じるし、
この時期の生暖かい人混みは、ウイルスを培養しているようにしか思えない。
車は持っていないし、あっても通勤には使えなさそうだ。
結果的にバイクが一番心地よいと言う結論であるが、
消極的な理由だけでなく、大きな声で唄いながら移動できるという
積極的な理由もあるのだ。
リズムに乗って気分転換。
すっきり爽やかノリノリである。
隣の車の窓が少し開いてた。
目があった。
071018
- 2007-10-18 (木)
- 01 戯言
秋の日は釣瓶落とし。
天は高く、馬は肥えて、赤い空、影は長く。
深まれば、闇また深く、隣は何をする人ぞ。
千切れた雲に、今を思えば、牛に曳かれて善光寺参り。
冷たい空気に薫る郷愁。
光るネオンに人肌恋し。
雲の切れ間の青い月。
悲観主義者が君を嗤う。
燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや。
ましてや、矮小な己をや。
苦い珈琲に紫煙。
臥たる躰に熱。
071004
- 2007-10-04 (木)
- 01 戯言

「紳士」
携帯電話での撮影なので、判読は難しいかもしれないが、トラックの荷台背面に貼られたステッカには「紳士」と書かれている。
もうひとつ。

すっとんでまいります
こちらには、「気分の悪くなられた方は、このヒモをひっぱってください。職員がすっとんでまいります。」と書かれている。
なんていうか、ステキだろ?
071003
- 2007-10-03 (水)
- 01 戯言
ユニバーサルデザインという言葉がある。
巷でも耳にするのではないだろうか。簡略化すると「すべての人のためのデザイン」という意味で、
● 誰でも使えて手にいれることが出来る(公平性)
● 柔軟に使用できる(自由度)
● 使い方が簡単にわかる(単純性)
● 使う人に必要な情報が簡単に伝わる(わかりやすさ)
● 間違えても重大な結果にならない(安全性)
● 少ない力で効率的に、楽に使える(省体力)
● 使うときに適当な広さがある(スペースの確保)
といった定義がある。しかし、どちらかというと視点に力を置いているところがあるようだ。そういった意味ではさらに上のインクルシブデザインという言葉も出始めていて、なかなか奥が深い。まだまだ不勉強で、一朝一夕に理解するというわけには行かないのだが。
先日実家に帰省した際、久しぶりに母と長々と語らった。腰を悪くした母は、仕事を若干縮小し、今後は現状維持、もしくは撤退というところであるという。年齢的なものもあるだろうし、今までのがんばりのつけが来たのかもしれない。その頑張りの上にボクがいるのだから、感謝しなければバチが当たるだろう。
その母が、先日車輪付きのバッグ(ガラガラ)を買ったそうだ(しかも、何故か三つ)。重い荷物は持てないので、移動の時に困らないようにとのことだったのだが、使ってみると、どうにも不便であるという。
たしかに平坦な道を歩いているときには、車輪が摩擦を少なくして、移動はラクラク、便利でる。しかし、例えば階段などにぶち当たると、結局持ち上げねばならなくなる。母は車で移動しているので、荷物の積み下ろしにも腰をかがめなければならない。また、スーパーなどでの買い物にはカートを使用するが、その際はガラガラを引き回すことが困難なので、カートの下段に乗せる。その際にもまた、腰をかがめなければならないのだ。たしかに、そういった事例を聞くと不便である。
この不便は課題に置き換えられねばならないわけで、そこにデザインの余地があるのだが、現状ではまだ改善されていない。
もともとは車輪は固定式で、一方向にのみの稼働であったように思う。しかし、移動には前後左右があり、まっすぐ歩いていく場合でも若干の左右移動は必要になる。その際は、不便に目を閉じ、力任せに行動軸を変えて使用してきた。このちょっとした不便を解消したのは、車輪が回転する機能を組み入れたことだと思う。車輪が360度向きを変えることができることで、前後左右の移動をスムーズにしたのだ。問題点を課題に置き換え、それを解消するために行為のデザインを組み入れ、機能を設計したのである。
話は戻って、現状のガラガラ。まずは段差に対する不便を解消するために、アイデアをいろいろと話し合った。母は、車輪をキャタピラにするのはどうかという。たしかに段差に関しては機能として解消するのではないかと思うが、それでは、左右移動の際に不具合が生じる気がする。ボクは、バッグ部分をひとつの車輪として見立てることを提案した。具体的にいうと、中の収納部分を磁力などの利用で浮かし中空にし、向きがぶれないようにする。外側の部分は球体にしてしまい、中と外をセパレートにして別々の機能にしてしまうという案である。球体は全方位方なので、前後左右上下に関しての移動を可能にする。移動に関しては問題ない気がするが、外側が車輪だと汚れたままになるという、別の課題が浮上してしまう。それに、カートの際には引っ張れないといった根本的な解決には至ってないのである。製品の開発というのは如何に難しいものか。そう思ったが、あれこれアイデア出し合うことは、思考がポジティブでおもしろいものだ。
ハンディを持つものからのこういった視点を、今の製品に当てはめたとき、今までとは違った価値観の商品が生まれてくるのだと思う。実際、モノは世にあふれ、軸の違った商品でなければ、値段の競争に終始してしまっているのが市場の現状だろう。パラダイムシフトが生産者側にも、消費者側にも必要になっているのではないかと思う。
例えば、あなたの家にあるハンガーや爪切り、ペン立てや炊飯器にもまだまだデザインの余地があるのではないだろうか?そんなことを考えてみる秋の夜長もいいのでは?
たまにはデザインのお話を。それから、そういうのにいいバッグがあるよなんて、ステキな情報があればご一報くだされば幸いです。
070927
- 2007-09-27 (木)
- 01 戯言
人間って、いや、生きてることって、つまり熱だ。
唐突に、そう思った。
至極真っ当な話。
それこそ、例は山ほどあるので、今更ここに列挙することもないだろう。命を蝋燭に例えるなんて、秀逸である。
熱=命の図式が成り立つのなら、機械の摩擦熱にも愛着を持てるかもしれない。
なるべくなら、時々は普段よりも温度を上げて、近くのものも巻き込んでアツくなりたいものである。
しかしながら、時勢は「熱量は控えめに」だ。
070907
- 2007-09-07 (金)
- 01 戯言
もう何度も書いているけれど、ボクは普段バイクで移動しています。
ポンコツのカブはあちこちガタが来ているようです。
風を切り分けて進むのは気持ちいいけれど、バイク移動には適さない日ももちろんあります。
雨の中を走るのは、イタイ、ツメタイ、チョッピリカナシイの三拍子で、
できれば敬遠したいところ。
今日のように雨のおそれがあるときは(台風来てるの?)、電車移動に切り替えるのですが、帰る頃になって雨が降っていないと、ひどく損した気になるのです。
今日も今日とて、電車移動。飲酒運転に引っかかることもないので、会社から缶ビールを一本拝借して、二駅ほどの道行きです。
空きっ腹に流し込むビールがちょっと苦くて、ほんのりフワフワ。
夜といえども、歩くにはまだ暑いなぁとか、世の中いろんな人がいるなぁとか
ぼんやりした頭にダラダラ流れて来ます。
夏のヘッドフォンはさらにホットに拍車をかけますね。
歩を進め、苦みにも若干飽きが来た頃、ふと思いだして缶の底を確認。
あぁ、なんたることよ。
製造年月日は2005年、消費期限が去年の9月9日と表示されておりました。
「まだ一年経ってないし」なんて、言い訳を自分にこぼしつつ、ほろ酔いの帰路。
特にオチもなく、とりとめもなく、たまには珍しくですます調で記してみた処暑でした。
070808
- 2007-08-08 (水)
- 01 戯言
5階に住んでいる。
賃貸住宅にはエレベーターが設備としてあり、利用率は八割五分程度。
なるべく階段を使うつもりではいるのだが、便利さにはどうも負けてしまうし、朝は管理人の掃除の時間と重なることが多く、出てくる気配を察知するとエレベータのボタンを押してくれるのだ。
厚意を無に帰することができるほど、神経の太い方ではない。
乗り込むと、先客。
全身黒ずくめである。
息を止める。
目を合わせることはなかったものの、こちらを窺っているような気がする。
エレベーターが動き出すと、おもむろにこちらに寄ってくる。
動き出したばかりでドアは当然閉まっている。
逃げ場がない。
声を出しても助けは来ない。
息を殺して、極力壁に寄り、やり過ごす構え。
あわや!というところで停止。
そっと回避。
旋回。
再度接近。
移動が早い。
壁づたいに避難。
沈黙。
また窺っている気配がする。
表示は2に変わったところである。もうすぐだ。
と思うと、今度は先ほどまでいたところへ一気に加速。
背筋に冷気が走る。
しかし体温は上昇。
大きな動きをせず、
なるべく空気の動きを乱さず
ただ時間が過ぎるのを待つ。
表示が1に。
「一階です」
空気の読めない無機質な声が、安全地帯への到着を告げる。
油断はせず、事を荒立てぬまま、そっと回り込んで出口へ。
足を外へと踏み出す。
無呼吸。
神経を全身に張り巡らせる。
身体が全部、外の空気に包まれ
危機は去ったことを確認し、振り返る。
彼はまだ、箱の中。
壁へ向けて何かを思案している様子である。
「ドアが閉まります」
ドライフルーツのような声が福音のように響き、
扉がゆっくりと世界を遮断する。
安堵。
黒くて早い小さな悪魔に
人間は、無力である。
070724
空が茜色に変わる一時間ほど前、煙草に火をつけに屋外へ出た。
太陽の日差しは思っていたよりもきつく刺し、街路樹や電柱のコントラストが強い。アウトラインがはっきりしたペン画のようなパノラマである。何となくグズグズとしていた昨日までの空模様とはと打って変わり、夏だなぁと強く感じる。梅雨はもう明けたのだろうか。
梅雨は、入りも明けも宣言するのに対して、なぜ、春も夏も秋も冬も宣言しないのだろう?そもそも宣言する意味は、あまり見いだせないが。
最近は、油性のボールペンを使っている。
生きてきた人生の半分ほど昔のそれは、もっとインクの色が紫色に近くて、書き始めるときのインクだまりもひどく、使うたびに腹立たしかったと記憶している。
水性ゲルインクが出てからは、専らそちらを使用していたのだが、いかんせん、インクの出が良すぎて、すぐに書けなくなってしまう。それでも、滑るように書けるのは魅力的であった。
なんの拍子か油性のボールペンを使う機会に遭遇し、やむなく使用してみたところ、存外使用感が快かった。
滑りはよく、インクだまりもない。素早くペンを動かしたときのかすれもなく、減りも抑えられて長生きだ。
流体力学などの分野で大きな発展があったのだろうか。
小さいことながら、技術の進歩を感じる。
お祝いの言葉やカタチをたくさんいただいて、先日、晴れて三十路の大台に乗った。
20歳になるときは、大きな節目としてのセレモニィがあるが、30歳は特にない。それは10歳も同じで、なんとなく淡々と代が変わったように感じる。取り立てて大きな心境の変化もない。
30歳になるなんて想像もしていなかった。というのは言い過ぎだろうか。
60歳や70歳など、俗に言う第二の人生のようなものを夢想することはよくあった気がするが、具体的に30歳を想像することは、あまりなかった気がする。
いつまで生きるのかわからないので、人生の折り返しがどこなのかはわからないが、なるべく自分のペースに支配されず、他人のペースに囚われず、臨機応変、泰然自若、適度にその時その場を楽しみつつ生きていたいと思う。
多謝フォー関係者各位。
070612
- 2007-06-12 (火)
- 01 戯言
いま、よいしょよいしょと壁を登っているところである。
これまでにも、いくつか登ってはきたのだろう。それなりに苦労もしながら、それでもあまりストレスを感じなかったのは、他人に負担が掛からない、自分レンジのハードルだったから。そうなるように仕向けて来たところもあると思う。なるべくなら人と関わらないように、自分レベルで処理してきたような気がする。
今回はそうも行かず、少々ストレスが大きいのだ。一朝一夕に行かないのは想定内。正直ゲシュタルトが崩壊しまっくている感じ。
話は大きくふりかぶって、投げた!打った!走る!走るっ!走るっ!一塁へと送球っ、アーーーウツッ!間に合わずーっ、残念でした。といった感じで変わるが、大阪市立科学館ではプラネタリウムを見ることができる。そこで配布されている「一家に一枚宇宙図2007」というペーパーがあるのだが、これがなかなか良いのである。
内容はやっぱり難解で、さっと読んですぐわかるという代物ではないけれど、伝えよう、理解してもらえるように努力しよう、という姿勢が随所に垣間見える作り込み具合で、見ていて気持ちがよい。作った人達は宇宙好きなんだなーと思える力の入り具合だ。お寄りの際は手に取ってみてはいかがか。しかし、宇宙って広いのなー。
ちっぽけな自分を感じながら、もみくちゃになって、焦らずじっくり登りましょう。
アイ・キャン・メイケット・クライム・ハイ
ユー・キャン・メイケット・クライム・ハイ
ウィー・キャン・メイケット・クライム・ハイ
070513
今年に入ってからはじまった、自分にとって比重の大きなプロジェクト。ひとつは先週に一段落、もうひとつは昨日に、幕を閉じた。
経験値がないというのはあたりをつけられず、読みはどうしても甘くなる。どうなることかという心配が多々あったわけで、現場での臨機応変な対応を求められる部分もあり、大変不安ではあったのだけれど、どうやら良い具合に着地した様子である。笑顔をたくさん見ることができて良かった。
近しい人への情愛や、そこへ向けられる幾多の思いをどう持ち寄ってもらうのか。時間や場所、関係性など制約はたくさん出てくる中、より「っぽい」感じで笑顔を増やせるのか。大変ではあったけれど、またおもしろくもあった。
自分のためだったらここまでできなかっただろう。これでしばらくは寝付けないことも、飛び起きることもなくなるのではないか。
場の空気を読む能力というのは、バランス感覚に近いものがあると感じた。広い視点が必要だなぁと思う。
それから、「何か手伝うことない?」「全然まかせて!」「何でも言って」「これしようか?」「楽しむだけでごめん」「おつかれさま」「ありがとう」「ゆっくり休んで」そういった数々の助力やねぎらいの言葉、温情が心に沁みた次第であります。たくさんの人に不義理を重ねて申し訳ない心持ちもあるけれど、慶事に免じご寛恕いただければありがたいです。
「たのしかった!」この一言がやはり一番報われた。
お二人には、あらためておめでとうの言葉を。
ご出席いただいた方々には、あらためてありがとうの言葉を。
070417
- 2007-04-17 (火)
- 01 戯言
都会では 自殺する若者が 増えている
今朝来た新聞の片隅に 書いていた
だけども 問題は 今日も雨
傘がない
というように、
現場なのだ、実際は。
目先に捕われすぎるのはいただけないかもしれないが、
目先の問題を解決しなければ、先に進まぬものなのだ。と、思うのだけれど。
我が国の将来も、心配っちゃぁ心配だけれど、
桜を見ぬ間に緑に変わっても、やたらに瞼が重くとも、
とにかく今は行かなくちゃ
雨に濡れて行かなくちゃ
追記:N.N.M.E.の方に続々とお便り届いております。
反応が返ってきて喜ばしい限りです。
「あっ」とピンと来た、あなたのお返事もお待ちしておりますよ。
よろしくどうぞ。
070331
- 2007-03-31 (土)
- 01 戯言
寒さが鳴りを潜めつつあるので、久しぶりに遠回り(今日はちょっぴり寒かったけれど)。
銀河鉄道を昇って下って、夜のパノラマをしばし観賞。帰路を口ずさむ。2/3サイズの月が煌々と、キレイ。
2007年の四半期は濃縮還元120%で駆け抜けた。まだしばらくは純度を保ちそうな気配だ。
異動や退職、新顔。移り変わりをチラホラと耳にする。白は淡いピンクに染まり、学生は社会人に。雪が花弁へと姿を変え、彼らはもうすぐひとつに。風は湿り気を帯び、土には命の息吹が混じる。春だなぁと思う。
新陳代謝を繰り返し、人は2年でまるっきり細胞が移り変わるという。つまり昨日のキミと今日のキミは別人だ。
ボクがこの先、何に姿を変えていくのか。興味はあるが、焦らずじっくり熟成させていこうと思う。
070320
- 2007-03-20 (火)
- 01 戯言
正しいか間違いか。
それは結構些末なことであると思う。どんな場面にも適用できる評価軸なので、事あるごとに出くわすが、それってそんなに大事なのかとよく思うのだ。
「一人殺せば殺人者だが、百万人殺せば英雄だ」という言葉もあるように、見方次第で価値観はコロコロと変わる。正しいか間違いか。表裏であるが故に、反転もまた容易いのではないか。
対外的な枠組みでは、自分が正しかったときが一番神経を使うケースではないだろうか。自分が間違っている場合は、間違いを認め正せばいい。素直でさえあれば問題ないのだ(それがまた、難しいのだけれど)。
自分が正しかったとき、なるべく立場に優劣が出ないように、相手を間違いゾーンに追いやってしまわないように気をつけるようにしている。こういった場合に有効なのは、正しい・間違いの軸自体を取っ払ってしまうことだ。「どっちもありだねぇ」という見解に落ち着いたら成功。怖いのは間違うことではなく、価値観の押しつけではないだろうか。
広告の世界では「正解はなくて、当たりがある」という言葉があるけれど、けだし名言だと思う。
でも、自分が行った行為や言動が「正しい」と思えないと、動きがとれない場合もある。自分を納得させるための、この「正しい」は、やっぱり必要なのだろう。
軸にするなら、「どちらの方がより笑顔が増えるか」。これってなかなかステキな判断基準ではないかな。
070305
- 2007-03-05 (月)
- 01 戯言
やたらにウキウキ気分が晴れやか、何をしても大丈夫なアッパーな日もあれば、なんとなくシンシンと、倦怠がまとわりついたり厭世観が取り囲むダウナーな日もある。人生とはその繰り返しのフラクタル。と誰かが言っていただろうか。
ここ数日はどうも後者の方だったようで、喋るのがちょっと億劫な、人と会うのが少ししんどいような。生暖かい風は気持ちよいが、いつもよりも強く感じる日差しが、影も色濃く映しているような。
こういった日は割りかし多くある方で、人と会うのも元々は苦手。生まれてこの方、自分に自信を持ったこともないし、気後れは常についてまわっていると思う。そういったのが顕著になるという感じ。
この世は見方を変えるだけで随分変わる。
自分がえらい・すごいと思える人には周りがバカばっかりに見えるだろう。自分をバカだダメだと思えば、周りのほとんどがすごい人・素晴らしい人に見えてくる。結構素直に人の意見を吸収できる姿勢になるので、それはまぁいいかなとも思うのだけれど。人の言葉に過敏に反応したり、歌のフレーズがやけに響いたりする時は、パワーダウンの兆候かもしれない。アッパーな時は自分の言葉で前に進める。
弱っているのはなんとなくわかる。理由もだいたいわかる。立ち位置を仕切り直す余裕もなかったのだが、落ち着きつつあるので、気が緩んだのだろう。そういうときに受け入れてもらえると、とてもあたたかく感じる。
ふっと力を抜いたときにじわりと沁みる。
ありがたい。そう思えるのは、きっといいことだ。
しかし、あたたかくなってきたなぁ。
070201
- 2007-02-01 (木)
- 01 戯言
突如思い立って全力疾走。
「おいおい、なんだよ藪から棒に」
寒空も相まって、筋たちが非難の声を上げる。
「圧力向上中!注意せよ!」
心肺機能の警告。それは心配だ(お気づきのようにダジャレです)。しかし、足は慣性の法則によって、前へ前へと動く。
二駅で二回乗り換えは少々面倒くさいので、歩く一駅二十分、たまにある南港での一コマ。あたりは暗く、人の気配もほとんど無くおあつらえ向きのシチュエーションに、懐古のオーバードライブ。
公私ともに(公?)まだまだ山積だけれど、ひとつトンネルは抜けた気分。たまには思いっきり走るのもいいじゃない。短距離だからといって、莫迦にしてると、静かな電車で自分の鼓動が五月蠅い。
070120
かじかむ指をごまかして、夜道。
誰ともすれ違わずにヒタヒタと夜を滑る。
黒い微粒子の中に浮かび上がるのは、美しい集合住宅のストラクチャたち。
空の方に顔を向けると、申し訳程度にぽつりぽつりと、星がかぼそく瞬く。
はるか昔の人は、あの光る点と点の間に線を引いて、キャラクタを生み出した。
キャストは時空を超えて幕をあげ、人間は壮大な物語に思いを馳せた。
暗闇の中にこぼれている光の筋を紡ぎながら、人々は夜毎、語り部になる。
070106
- 2007-01-06 (土)
- 01 戯言
「スタバ」
と発して驚いた。ボクはあまり略語を使わないようにしているからだ。普段は「スターバックス」という呼称を用いている。
言葉の遣い方には、厳密ではないが結構気をつける方だと思う。正しく遣おうと思っているわけではないが、微妙なラインが気にかかる。特に気になるのは、音、というかリズム。
「7と5で構築された文節は、非常に美しいと思う。」
これだって5・7・5・7・7だ。狙わずして、ナイスだ。やったぜ。ハイレホー。喋り言葉の場合はあとに残らないので、さらに思いつくままに言っている気がする。意味が上滑りして行って、お池にはまってさぁ大変、だ。なんだなんだ。
とにかくそう言ったわけで、あまり略語は遣わない。美しいと感じることがそんなにないからだと思う。前述のように「スタバ」とは言わないし、バスケットボールを「バスケ」ともあまり言わない。「マリマン」も「スマパン」も遣わないし、マクドナルドも最近「マクド」とは言わなくなってるように思う。でも、「ミスド」は言うな。「イエモン」も「ミスチル」も言うな。これは愛称かな。トーマス(推定18歳)のことを「トミー」と呼ぶのに、まったく抵抗がないのも愛称だからかな。語感の違いだろうか。自分なりの基準があるのだろうと思う。他人が使うことに文句を言う気は特にない。
そんな感じで、2007年もマイペースに創意工夫、泰然自若に漫言放語、磨励自彊にハイデルブルグと楽しくやっていこうと思います。あけおめことよろ。
と終わろうかなと思ったけれど、やはり抵抗がある様子。
今年もみんなにたくさんよろしく。
061229
ふと振り返れば、秒針が3000万以上も振動を繰り返した跡がある。2006年もそろそろおしまい。
地球は揺るぎなく、確かにそして無慈悲に自転を続け、ボクたちは常に、自分の歴史の一番前に立っている。後ろにそびえる過去の物語は全て一人称。主人公は自分であり、自分の歩んできた物語の中では、客体であることはできない。ボクの過去はボクのもので、キミの過去はキミのものだ。当たり前のことだけど、どこか不思議でもある。
過去がなければ、今ここに自分は存在しなかっただろうし、自分と関係してくれている全ての人や物、事とのつながりも、また違うものだったはずである。
世界中で自分はたったひとりしかいないという事実は、世界中に、それぞれが、たったひとりしかいないということでもある。その裏付けとして、それぞれにそれぞれの過去があるのではないか。理由ではなく証拠としてそうなのではないか。と思う。
各々のヒストリィは
些末で稀少なストーリィで
さながら適度にミステリィ
願わくば、これから過去になっていくそれぞれの物語たちが
素晴らしいものとならんことを。
061221
通勤の途中に小学校のそばを通る。
朝の八時過ぎ。
吐く息が白い、凍える空気の中で
彼らは半袖と短パンのまま、楽しそうに遊んでる。
漫画なら、コマのあちこちに
ワーキャーと歓声の効果音が入っているだろう。
赤い頬
爆ぜる歓声
庭に飛び散る夢の色
ダッシュ 落書き のぼり棒
気付かない日常のユース
寒いのはみんな同じでも、
寒さをしのぐ手法が違うのだ。
自分はいつから熱を逃がさない方式に切り替えたんだろう。
くすぶっている内なる種火に
息を吹きかけあったまろう。
061129
- 2006-11-29 (水)
- 01 戯言
道を走っていると、時々命の痕跡を見つけることがある。昨晩の闇の中か、はたまた明け方の紫の中で、その命の灯を消したのだろう。
命は儚いものだと思う。
そう思っている自分の命の灯も、いつかぷつりと消えるだろう。
「今を大切に生きる」とても素敵なことだと思う。その姿には無駄がなく、シンプルでストレート。美しいと感じるし、純粋に憧れを持つ。より近付きたいと願う。
しかし、それが難しいものだと云うことも知っている。
過去の呪縛でもなく、未来の保険でもなく、純粋に今の自分に従って行動する。そこには苦悩や決断がまとわりつく。あるいは犠牲を伴うものだ。それでもなお、選び掴んだその行動は尊敬に値する。
なるべく自分に素直になる。それは自分としっかり向き合う事ともつながる。今を大切にするための第一歩だ。と思う。
悪いことをしたら「ごめんなさい」。嬉しいことをしてもらったら「ありがとう」。小さな頃に教えてもらっていたそんな簡単なことも、ともすれば忘れてしまってはいまいか。「すいません」なんて簡易な言葉でお茶を濁さず、ちゃんと言葉にしなきゃね。
061121
仕事帰りに近所を探検しながら帰っている。知らない道を通るのはなんて楽しいんだと思う。繁華街でなくうらぶれたくすんだ街並みがどうにもグッと来るのだ。
第1突堤も第3突堤も、だだっ広い空間と錆びた鉄のコンテナ、潮の香りがして寂れ具合もいい感じ。高速道路のジャンクションや港大橋を下から見上げるとかなりフォトジェニックである。
港のいいところの大きな要因のひとつにスケール感の非日常があるように思う。代表するのはもちろん海だが、走っているトラックも大きいのが多い。陸と陸を結ぶ鉄橋も、何が入っているのかわからないコンテナも、むやみに広く走るもののない道路もみんなちょっとずつ大きいのだ。大きいものに触れることは、自分のサイズを再確認することにもなり、視点が変わって楽しい。
コンビニ周りやちょっとしたお店ではそこそこ出くわすが、人がいる雰囲気があまりしない。生活感があまり感じられないのだ。活気とはほど遠いが(といっても観光地なので土日は結構人通りがあるのだけれど)それもまた自分好みではある。
ただ、お食事処に恵まれないのが、港区の難点ではあると思う。
061114
- 2006-11-14 (火)
- 01 戯言
いまだに段ボール箱でいっぱいだ。しかし、移管作業は終了したので、あとはのんびり片づけようと思っている。 というよりちょっとつかれた。よくこれだけの荷物が入っていたなという驚きがナキニシモアラズ連邦共和国(つかれてるんだよ)。
前の部屋と比べると随分広くなった。ちょっと勝手がわからなくなっているのが現状である。むやみに行ったり来たりしている。今まで使っていたカーテンが異彩を放っている(というほどでもないがミスマッチではある)。キッチン周りの収納がほとんどなくて、コーヒーメーカの置き場所に困っている。ペンダントライトがひとつ余ることになるので、所望される方はご一報くださいませ。
朝、日が入って明るいのは少し嬉しい。窓の外には港大橋が見える。そのさらに遠くには、港キリンがほんのり見える(ガントリークレーンて言うんだってね)。プォーという汽笛の音も一度だけ聞こえた。段ボール一掃セールと前のねぐらの掃除を終えて人心地がついたら、しょっぱい風にあたりにブラリと海辺に遊びに行こう。
061107
- 2006-11-07 (火)
- 01 戯言
今部屋の中は段ボールの箱でいっぱいだ。
と言っても、いくつかはもう運び出していて、あとは細々としたものしか残っていない。土曜日にはまとめてドカンと運び出す予定である。
この部屋に来て、もう20回も季節が変わった。収納のキャパシティはしれているし、冬は寒く夏は暑い。日もあまり当たらない。風も通らない。さいわい窓の外は少し広い空間で開放的だが、高架の下を走る救急車のサイレンは、思っていたよりもずっとうるさい。
いろんなものがこの部屋に運ばれてきたし、いろんな人が訪れた。
いろんなことがあった。
入居前に掃除に来たときは、居眠りをして、背中が痛くなった。部屋の模様替えに四苦八苦した結果、配置が元に戻ったり、紙の切れ端で床がいっぱいになったりもした。 トイレの水が止まらなくなったときの対処法も覚えた。
大人数でギュウギュウ詰めになって時計を作ったあとは、しばらく樹脂のにおいが充満して難儀したのを覚えている。切って折って貼ってを12時間繰り返したあとの朝焼けはキレイだったなぁ。
壁にはそんな過去たちと60ヶ月分の紫煙が溶け込んでいて、掃除が大変だ。
引っ越しに伴い、ぼちぼちネットがつながらなくなります。メールは会社で受け取ることが出来ますが、速やかな連絡をご希望の際は携帯電話の方までご連絡くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。
061026
- 2006-10-26 (木)
- 01 戯言
規模が大きくなるとイヤになることがある。自分サイズというか等身大というか、身の丈を超えて膨らむと、どうにも気が削がれる。
「事」自体を見れば、大きな画を描いて構想を膨らませていくのは結構好きな方である。そこにあるものを組み合わせ、練り合わせて大きなひとつを構成していく。そこに含まれる仕掛けや企てを楽しめる方だし、割りかし得意な分野ではあるように思う。
しかしながら、その構成要素に「自分」を見た途端、どうにも気が滅入る。おそらく思いと行動を直結できないところにその原因があると思う。
大規模な構造にはいろんな思惑が内在し、複雑に絡み合って面が織りなされる。障害物に当たれば止まり、避ければ紆余曲折は免れない。ゴールが変わってしまうことも多々あり、立ち位置を把握するために立ち止まる必要があったりもする。まっすぐ直進してゴールにたどり着くことはほとんどないだろう。
そうやって構築された大きな画には大きな力も宿るだろうと思う。が、そこにあまり興味は持てないようだ。
群の中にありながら自分の気持ちに素直でいるには、なかなかどうして、強い意志が必要だ。
061017
- 2006-10-17 (火)
- 01 戯言
「引っ越しすることにしたよ」
「ふうん。決まった?」
「決まったよ。どことか聞かないの?」
「いや。まぁ、どこ?」
「大阪港。今のひとつとなりの駅なんだよ」
「ふうん。で、決まったの?」
「決まったってば。けっこう不便そうなんだけどね」
「遠いの?」
「いや、バイクで5分くらいかな。それに不便って言っても、駅前にコンビニ3つあるし。スーパーとかあってもそんなに行かないしなぁ」
「ふうん。で、もう決まった?」
「だから決めてきたんだって。なんとなくさびれた感じがね、こう、グッと来るんだよね。」
「う〜ん」
「だいたい、便利さってさ、そんなに大事かぁ?って思わない?」
「いや、それは君の優先順位の問題」
「まぁ、そうだけど。水が出ないとか、階段で17階まで登らなきゃならないとかさ、 生活に支障が出るほど不便なわけじゃぁないし。なんか便利に慣れすぎるとさ、どんどんものを考えなくなっちゃいそうで危ないよね」
「便利でも考えればいいんじゃない?」
「そうは言うもののさぁ、なかなか難しいわけだよ、実際は。満ち足りてるとね、危ないよね」
「満ち足りてるの?」
「いや、足りてないけど。そんな満ちるほどに注がんでもね」
「危なくはないと思うよ」
「えっ?いや、そう。うんうん。危なくはないね。」
「うん。で、どう?」
「ん?準備?いや、まだ全然。ギリギリになって『手伝ってぇ』って泣きつくかもよ」
「じゃなくって」
「えっ?契約?それはあとまだちょこちょこ残ってるけど、だいたい終わった」
「いや、もう注文してもいいかって聞いてるの」
「あぁ。うん。ぼくオムライスにしよう」
061011
- 2006-10-11 (水)
- 01 戯言
時間は偉大だなって思うのよ。
時は金なりなんて言葉もあるけどね、
ありゃぁ、時に失礼だと思うよ。まったくレヴェルが違うもん。
時間ってさ、平等じゃん。
もう完全に平等。
草にも木にも虫にも、水にも空気にも壁にも、
紙にも布にも石にも、缶コーヒーにも鉛筆にも、さ。
もちろん、僕や君にもね。
あまねく全てに等しくって
当たり前なんだけどすごいよなぁ。
ため込んだり、ズルしてちょっと増やしたり
人の盗ったりできないもんな。
ちょっとないよ、そういうの。
まるで神様みたいだね。
Fixation at last.
Real transfer work starts.
Even the time limit is 050 another days.
060909
起業する。という友人と会った。したいという想いは、前から聞いて知っていた。ここに来て、錨を上げたところ。漕ぎ出すのはこれからだ。本日は実質的な企画経営会議の第一回目というところだろうか。
大枠のグランドデザインと理念。理想と現実に対するアプローチ。ギャップと予想と実績と目的と計画と戦略。あれこれ止め処なく話して、かき集めて、組み立てて、崩して再構築。言葉は最高のシミュレータである。夢見がちな人というのはいただけないかもしれないが、相手にも一緒に夢を見させる能力があれば、それは大きな武器になると思う。ともすればトゥリビアルな部分に注目しがちなのは、とにかく動きを作りたいからだろう。行動は実体を持って語りかける強いメッセージだ。しかし、活動の一環であるそのメッセージを効果的に使えなければ、下手をすると徒労に終わってしまう。徒労でさえもを養分にして花を咲かせることができるなら、その苦労と時間は根へと姿を変え、大地をつよく掴むかもしれない。
先に広がる海原は広大で、羅針盤でさえ信用できない時もあるだろうと思う。月も星も見えない闇の中を進まなければならないかもしれない。凪も時化もあるだろう。一面の水平線に囲まれた時、右か左か前か後か。舵をとるのは自分であり、方向を決めるのは想いだろう。
想いを持ち続けるには熱さが必要で、熱は周りにも感化する。アプローチの手法は熱伝導率の違いでしかないし、対象によって伝導率も変わる。いろいろ話してほんのり暖まっている自分を発見して、彼の熱さが伺えるわけだ(ボクはどちらかというと熱伝導率は低い方だ)。脇目もふらずなりふり構わず五里霧中の暗中模索、走れハイドー!なオーヴァードライブモードにこれから入っていくわけで、これはボクの定義で言えば青春時代だ。夢中になれればそれがユース。年齢なんて目安でしかないよね。
060902
- 2006-09-02 (土)
- 01 戯言
いろいろと企てて感謝と慶祝の意を贈った。
「おめでとう」という言葉がなかったとしても、
それ以外の部分がメッセージとして伝わる。
そんな歌を唄ったりもした。
言葉はそこにある何かを固定してしまう力を持つ。
強力でもあり、無力でもあるなぁと思う。
予定を変更して久しぶりに海辺へ行った。
まだまだ熱い日差しと生ぬるい風
生き物のようにうねる海の、
チャプチャプという波の音
眩しく反射する白い紙面
今日が何曜日だとか、
仕事の段取りだとか、
知人との交友関係だとか、
余計な飾りを組ほどいて
同じ手順で煙草に火を付ければ
独りであることを確認できる。
前日の喜び多いにぎわいとは、
また違った静かな温かさ。
これはこれでステキな時間である。
060819
- 2006-08-19 (土)
- 01 戯言
Street seen with bicycle and wind of lukewram/ In the moonlight night not artificial with a sound of clogs/ Atmosphere of circulation of incoming and outgoing/ It is comfortable that can talked anything and need not even talk about anything/ Production of hot spring and light magic/ Tree, pond, soil, and person/ Shaking car window and bright red in falling evening/ The storm of an admirer of ARASHI/ The waitress who talked on higher/ The 21st century is museum 2.0/ Always laughing/ Bright my way/ Bright your way/ The future is still long/ It is still more dazzling in the world/
自転車で見る街並みと生ぬるい風/人工じゃない月夜に下駄の音/新旧の循環の情緒/何でも喋ることができる居心地の良さと何も喋らなくてもよい居心地の良さ/湯煙と光の演出/木と池と土と人/揺れる車窓と落ちる夕紅/嵐のファンの嵐/上から喋る仲居/21世紀は美術館2.0/
060812
- 2006-08-12 (土)
- 01 戯言
ハヤオキ。フォロー。ディレクト。ホールド。
マバタキ。レセプション。スプリット。
テダスケ。ストック。カーブ。イノコリ。
ファックス。イネムリ。アカウント。
サツエイ。ホリック。テクニカル。シメリケ。
イラスト。ハレルヤ。サイト。カクセイ。
スマッシィング・ザ・サン。
夏休みだ。頑張った甲斐あって、夏休みだ。
060731
- 2006-07-31 (月)
- 01 戯言
先々週、免許の更新に行って来た。日曜日なので門真の免許更新センター。
初めて足を運ぶ場所は少し緊張するもんだ。目的地までの道のりもよくわかっていないことが多いし、間違っていても間違っていることがわからなかったりする。危険とは常に背中合わせの状態である。
移動は極力歩くようにしている。いや、それほど積極的ではなく、選択肢としてまず最初に来るのが歩くという移動手段なのだ。健康のためとか、自分の中の地図を完成させるためとか、そういった目標や哲学があるわけではない。歩いて15分やそこらの距離で乗り物に乗るのは、単純にもったいないと感じるというストレートな理由だ。それに知らない街並みを歩くのは、比較的楽しいものだと思う。
門真市近辺をテクテク歩いてみて、リサイクル関係の店舗がやたらに多いと感じた。古着や古本、家具のアウトレット店などが次々に現れる。門真はボクの中でディスカウントの街としてカテゴライズされてしまった。
免許更新センターは案の定の人だかり。覚悟はしていたので、そんなに苦痛ではないが、やはり楽しいものではない。ずらずらと並ぶ人たちの後ろに付き、またその後ろにも人がぞろぞろ。そして、少しずつ少しずつ歩を進める。工場のベルトコンベアを思い浮かべる。市場でちゃんと手にとってもらえるだろうか。在庫の山に埋もれるのはイヤだなぁ。製品の心境としてはそんなところだろうか。人間は神様によって作られたというお話が少し納得できる環境である。合理化の波はどうやら雲の上にも波及しているようである。
写真は証紙発行の窓口。「売りさばき所」お役所のわりには商売気アリアリなオーラを発するネーミングだと思う。
060726
- 2006-07-26 (水)
- 01 戯言
爬虫類、両生類全般に言えるだろう、あのなんとなく不遜な態度。
何考えているのかわかんない無表情。
不言実行。
中でも特にカメが好きなようです。 意外に人相の悪い目つきや、への字口がいいなぁと思うのです。
きっとあの甲羅の中には畳やフローリングがあって、それぞれのライフスタイルに応じた調度品が しつらえてあると思う。
甲羅の中で各々が楽しむカメライフ。
ぼくらが目にするのは仮の姿だ。
アドレス変更いたしました。
お手数ですがブックマークの変更をお願いします。
060722
続く雨の日のおかげで、最近の移動はもっぱら電車である。料金の支払いには、IC カードのICOCAを使用している。普段の収納場所は財布。定期入れは荷物が増える気がするので持っていない。財布に入れたままだと、なんとなく信用できなくて、わざわざ取りだし、直に改札の読み取り機にかざしていた。財布に入れたままで通り抜ける事ができるのを体感したのは、つい最近のことである。
「おぉ、手間が省けて便利」と喜んだところでふと思った。結局財布は出しているわけで、手間としてはそんなに変わっていない。持っているだけで通り抜けることができるようになって、はじめて便利と言い切ることができるのではないか。
それに残高のことも少し気になる。財布に入れたまま、鞄やポケットに入れたままでチャージする機能、機械にかざさなくても残高がわかる機能が必要に思う(もうあるのかな?)。
といってもシステムに不満があるというわけではない。強いて言えば電車で移動することが不満だ。
それから、ICOCAの「IC」の部分だけが袋文字なのが、ICカードのサインであることに気付いたのも、つい最近のことである。
060715
- 2006-07-15 (土)
- 01 戯言
わさびを食べたときの表現について、少し疑問を持っている。
一般的には「辛い」を使うようだ。うん、なんとなくはわかる。でも「辛い」で本当にあっているのだろうか?塩をかけすぎても、唐辛子で真っ赤っかでも「辛い」である。これに関しては「塩辛い」などの若干の棲み分けが垣間見えるあたりに配慮の跡が伺える。なのでそんなに気にはならない。しかし、わさびの「辛い」には特になにもない。区分されていないのだが、明らかに同じではない。これはどうしたものかと思う。
「鼻にツーンと来る」という言い回しはいかがだろう。これは、ただ状況を説明しているだけではないか?表現という点に関しては1、2ランク下がる感は否めない。
個人的には「わさい」という表現を推奨している。最初は馴染めないが、繰り返すことで、ある程度市民権を得る事ができるのではないかと思う。ただ人の口頭を伝播していくためには広く報じていかなければならない。いわゆる広報・広告活動である。人が耳にする際、実感や共感を得ることができれば効果はさらに大きなものになるだろう。ことあるごとにわさびを食し「わさい」を連呼することで、少しずつ認知度を上げていかなければならない。これから夏本番。ざる関係の冷製食品が幅を利かすなかなか良いタイミングである。
問題はボクがわさびを苦手としていることであるが、この課題は解決されぬまま、2007年を迎えてしまうだろうと思う。
060712
- 2006-07-12 (水)
- 01 戯言
ビックリする、意表を突く、ハッとさせる。
人を驚かせるという行為は結構好きである。結構どころではない、かなり興味を持って接する方であると自認している。ただ、人を驚かせるのが好きだと他言するのはあまり得策ではない気もする。イタズラ心という言葉でオブラートに包んでいたいと思う。
060704
- 2006-07-04 (火)
- 01 戯言
高いところから街を見下ろすと、なんだか現実と乖離しているような気がして少し楽しい。ボクは夜の方が好きだ。
道路を行き交う車や自転車、散歩している人や犬や猫が、街灯や店頭の灯りに照らされて浮かび上がる。大きな建物の窓にはまばらに白や黄色が見える。 灯りのひとつひとつには、それぞれの物語があって、街はストーリーの坩堝。 希望や苦痛や決断や悲哀や歓喜や恋慕や打算や笑顔があちらこちらで、てんでバラバラに光ってる。 それらをぼんやり想像しながらあちこちに目をやるのは、まるで神の目を持ったみたいで面白い。
自分は今なにで光ってるんだろう?そう考えるのもまた面白い。
060626
- 2006-06-26 (月)
- 01 戯言
またまた一人でバーに行ったり、スーツを買ったりと、色々諸々大人の階段をのぼっておるなと思うこの頃。
昔ほど服を買わなくなったのは、買いに行く暇があまりないのもあるけれど、あまり欲しいと思わなくなってきた所為もあるだろう。今までの買い方はいわば数打ちゃ当たる方式で、これならまぁ及第点というモノを手に入れていた。これはこれで、バリエーションも増えるし自分のスタイルとちょっと違ったコーディネートが生まれたりして面白いのだが、だんだんと求めるモノがコーディネートそのものを重視してくるようになった気がする。選ばれるモノは具体的でありながらも抽象的。こちらを立てればあちらが立たずと徐々にジャッジの軸も増え、ハードルが高くなってきていると思う。自然、審美眼も厳しくなり、時間も要する。疲労が積み重なり、ミルフィーユのようにバランスが危うくなる。しかし、購入したときや、その後袖を通したときの満足度は確実に上がったと思う。最近はトラディショナルなスタイルへ傾倒して行っている。ただ、変化球狙い気味な自分には、直球ストレートど真ん中は相性が悪いようだ。ビジネススーツは軒並みアウトだった。
060621
- 2006-06-21 (水)
- 01 戯言
ただいま絶賛地獄起きキャンペーン実施中(この手法は二回目ですね)。この年齢になって朝練するとは思わなかった(1週間の早朝会議)。
この機会に朝型にシフトしたいところ。朝は気持ちいいけど、まだまだ夜型を引きずっているので、変なタイミングでやたらに眠い。
人間が意識を失った状態を望むのは、はてさて何故なのでしょう?
060615
- 2006-06-15 (木)
- 01 戯言
部長・課長・次長のランク分けがいまいちわからない(係長はわかるのです)。一応は理解したものの、一瞬どっちが上だったっけ?と考えてしまうレベル。最初は画数の多いほど階級は上だと思っていた。専務なんてのもいる場合があってさらにやっかいだ。胸に星でも付けて欲しいものである。ランクを言い表すのによく兵隊の階級制度が例として使われるが、知り合いに兵隊がいないので、それだと余計にわからない。
ビジネスマナーというものがなかなか苦手である。そういうのをすっとばした環境で生きてきた気がするので、デフォルトに組み込まれていない感じ。肩が凝るし、どこまでが自分かわからなくなる。スマイルひとつでくぐり抜けてきたので、名刺を交換するのも結構おっかなびっくりだ。今まで大きな失敗がないのが不思議なところだが、それ故に身に付かないというところもあるだろう。自分一人のことであれば、投げて渡そうが地面に置こうが、被害を被るのは自分だけで、まぁ問題はない。自分の責任だ。これが属すると、結果的に後にそびえる会社自体が被害を被るわけで、この背負っている部分と自分個人とのバランスを取るのが、どうも自分には難しく感じるらしい。
素養がないので、極力丁寧に対応するように心がけているが、ともすると武士言葉のようになってしまい少々恥ずかしい。「左様でございますか」なんて使っちゃって、たまに自分が面白いのでございます。
060609
- 2006-06-09 (金)
- 01 戯言
閉鎖モード解除と書きつつも、まだパトランプが回っている状態。忙しいという理由もあるのだが、ちょっと本腰入れて一点集中という姿勢を持ちたかったため、いろいろと他ごとを削ることにした。
今携わっている案件がなかなかヘビーなもので、ハードルも高い。自分の仕事の中ではかなりメジャなジャンルの仕事であるが、そういったものに慣れないので、どうも力の入り具合が変わってきてしまう。ON・OFFの切り替えがなかなかうまくいかないし、なかなかクールダウンできない。どうにか淡々と地道にコツコツ確実にすすめる事はできないかと考え、極力切り替えの数を減らすという選択肢を選んだ。
おぼろげに出口が見え始め、作り終わったものにはあまり執着がない方だが、今回は珍しく完成を楽しみにしているウエハラである。
060601
腰はまだ少しイタイ。
コルセットは締め付け、あまりおなかが空かずダイエットにオススメ。
伸び上がっても届かない君の夢は
かみ砕いても飲み込めない
不躾なシルエット
有り余る月の光で枕を濡らして
砂漠のベンチで海に乾杯
少し落ち着きつつあるので、そろそろ閉鎖モード解除。
060518
- 2006-05-18 (木)
- 01 戯言
カゼはほぼ治まった。咳が時々。なぜか腰が痛い(闘病日記か)。ケポケポ
しかし腰痛ってのは立って痛し座って痛し、難儀なものである。移動もままならず、若干の前傾姿勢をとりつつも歩みは遅し。しかも一見わからない類の症状なので、ただの「ゆっくり歩く前傾姿勢の人」である。今日は雨で電車移動。生き恥を晒しております。
街で変な姿勢の人を見かけたら温かい目で見守ってあげよう。
階段を下りるときの衝撃はなかなか強敵。咳も結構効く。ケポケポ、いてて。
060509
- 2006-05-09 (火)
- 01 戯言

時間は誰にも平等で
余さず配る86400
毎回残さず使い切り
毎回必ず渡される
立ち止まりもせず揺るぎもせずに
分け隔てなく干渉する
針が刻んで流れ行き
砂が零れて留まらず
去るものが惜しい僕たちは
切り取ることで安堵する
迎えることを畏れつつ
希望を持って身を捩る
たった一度のその数は
息と生きで灰になり
意志と意思で灰になり
意味の狭間で灰になる
自分好みのディレクティヴ
組み立て方は君次第
060417
- 2006-04-17 (月)
- 01 戯言
「メールする」という表現がどうも馴染まない。メールって名詞では?(調べてない)
何かを思い出すときや考えるとき、目線はなぜか上の方へ向かいます(統計を取ったわけではない)。自分の脳を覗き見しているのでしょうか。
ショービズの世界で生きている人たちって、憧れや夢を背負う所為か、人生における光と陰のコントラストが強い(気がする)。ステージでスポットライトを浴びるからそうなるのか、はたまた起伏が大きい程、ショービズの世界で生き残りやすいのか。
と、どうでも良い話題の三段跳び。着地は如何に。
060410
- 2006-04-10 (月)
- 01 戯言
実家に帰って少し髪を切った(弟は元美容師)。7月の免許更新までは長髪でいる予定。
父親が転勤でいろいろと生活スタイルが変容するので、ねぎらいの意味合いもある帰省である。車での通勤から1時間強の電車通勤に変わるので、 iPodnanoをプレゼントした。音楽鑑賞のスタイルは、テクノロジーの進化にともなって大きく変わっていて面白い。あの小さい板に200曲以上の音楽が詰め込めるのは、昔の人から見るとまるで魔法だろう。はじめはその場だけでしか得られなかったものが保存できるようになり、大きなモノからだんだん小さくなって、現在は無形の電気信号を持ち歩けるようになった。さて、今後はどんなカタチに変わっていくだろう?
日曜日は家族でお花見に出かけた。お弁当を持って家族全員で外出なんて、もう10年以上なかったことである。桜は五分咲きで、風はまだ少し冷たく、特別何かあったわけではないものの、家族で花見に行ったということ自体が楽しかった。
その勢いに乗じて、帰ってから弟と二人で近所の池に釣りに行った。ほとんど釣れず、結果は散々だったけれど、土を掘ってミミズを探したり、のんびり水面を眺めたりと、普段の生活と切り離れた機会が作れて面白かった。リベンジは海へ行きたい。
今回の帰省は珍しくいろいろと出来事があった。よくしゃべってよく笑った。家を出てからの方が、家族との関係は良好だと感じることが多い(特に仲が悪かったわけではないが)。人と人でつきあえる程度に時間が流れたのかとも思う。
ここ3回程自分の行動をメインに書いてみたけれど、あまり何も考えずに書けるので、文字数が比較的多いものの、サクサクと進む。発見や考察や疑問といった目に見えない内面の動きを書くときの方が断然時間がかかる。レトリックで遊んでいるときも同じ。しかし、書いている時間とできあがったときの満足感は比例しない。比例するのは、考えている時間である。
060408
勤め先のクラッシュmacは無事データが吸い出せたので一安心。モヤモヤを残さず週末を迎えることができそうです。しかしながらHD自体はまだまだ不安定。環境を整備して、来週は交換作業にトリクモーネ海峡。ソフトもしっかりインストール大橋。しかしその時間がツクレナイ公園(三連チャン!)。
仕事帰りに北堀江まで徒歩。あたたかくなって歩くのも楽しくなってきました。街も人でいっぱい。金曜日ですねー。40分程テクテク歩いて、本日オープンを果たしたshop"iN"に御機嫌伺い。おぼろげな記憶で探すものの、鳥かごビルヂングの名を成す目印で難なく発見。店内の雰囲気は「っぽい」という言葉で個人的な感想をほぼ網羅します。モノではなくコトを扱うお店だと思います。桜が咲いていなかったのは、残念ですがいたしかたないところでしょうか。手土産で持っていったワインは結局空けてしまいました。
おとなりのちょうちょぼっこさんも初体験です。雑誌の紹介やお話を聞いてなんとなくは知っていましたが、納得。貸本という制度を利用するのは小学生の頃以来です。古い本の紙とインクの匂いが何ともこそばゆくていいですね。タイトルは失念しましたが、60年代のこども向け広告を集めた本がありました。あの頃は肥っていることが美徳だったのですねー。外国人が成功のイメージの根底にあったのでしょう。30年後には青白いことが美徳になってるかも。価値観なんてそんなもんですね。なかなか興味深いです。
遅くまで好き放題しゃべって帰路へ。いつもよりも3割り増しで言葉が出てきたのはワインの所為でしょうか。楽しいひとときでした。ひとと出会うということについて、いろいろ話したり考えたりしましたが、それはまたいずれ。あたたかくなってきて少しずつアクティブになってきたようです。
それからあらためて、お誕生日おめでとうございます(遅れましたけど)。8日だと思ってたけど、それは花まつりでしたね。混同していました。この場を借りての私信でごめんなさい。お父上もお大事に。またおはなししましょう。
060407
- 2006-04-07 (金)
- 01 戯言
バイク(カブ90)が修理から帰ってきました。もう随分とすり減っていたのでタイヤを新調。ホントはオフロードタイプを履いてみたかったけれど、在庫や料金との兼ね合いで今回は見送り。オイルもヘッドライトも交換し、バッテリーも充電してもらいました。冬の間あまり灯を入れてなかったのでまとめてメンテナンスです。夜にスピードメータが見えるようになりました(ライトが点かない症状:約1年)し、ウインカーもしっかり点くように(前面左のみ点灯:約3ヶ月)。多少費用はかさみますが仕方のないところ。新品のタイヤは滑りやすいので、しばらくは過剰な安全運転を。ぼちぼちバイクで走るのが楽しくなってくるでしょうか。しかし明日はスーツなので電車。
故障が治ったのもつかの間、今度は勤め先のmacがクラッシュ。一度フリーズしたあと、HDを認識しなくなってしまいました。散々試しましたがどうやら無理っぽい。別のHDにもシステムを積んでいたので起ち上げる事はできますが、データは諸々アウトな感じ。なんの予感かバックアップを取った矢先だったので、約3時間のロスで済みました。大事ですね、バックアップ。明日にもう一度トライする所存ではありますが、おそらくHD自体に問題がある様子なのでダメでしょう。HDは消耗品ですし、天災は忘れたころにやってくるのです。用心しましょう。
060401
- 2006-04-01 (土)
- 01 戯言
マスターと別れることになった。もう10年にもなる長いつきあいだったが、ボクの故障が手の施しようのない状態になりつつあり、新しいパートナーと変わることになったのだ。
もともとは部活動に活動の場を与えられていた。マスターは籠球部に所属していたが、団体競技にはあまり向いていなかったようで、ボクの出番はほぼ朝練だった。朝の空気は気持ちよく、あまり人が多くない淡々とした静謐の中で、ボールのはずむ音を聞くのは気持ちよい。メインである放課後の方も顔を出すことはあったが、活気があって忍耐があって喧噪があって少しうるさく感じることもあった。そういう面ではマスターと似たところがあるのだろう。結果のために経過を苦で充満させるのは必要なことかもしれないが、時々滑稽に感じる。経過の方が明らかに比重が大きいのだ。できればマスターには経過を楽しんで欲しかったし、それを求めて朝の個人練習を主軸にしていたのだろうと思う。
マスターが高校を卒業してからは、汗を吸うことは少なくなった。出番が減ったわけではない。むしろ増えたのではないだろうか。ステージはベッドに移った。マスターの睡眠時が出番で一日の25〜30%。しかし、大きな動きはなく、地味な役どころではある。動きやすさをウリにしているボクの機能が充分に果たされる場とは言えないが、身体に負担をかけないと言い換えれば、またピッタリの場とも言える。不満は特にないのだ。
一日の半分以上はベッドの上に鎮座して、時にはぐるぐる回され天日に干されてマスターを待つ。マスターが眠る時間になると布団の穴蔵で静かに添う。おだやかに時間が過ぎた。
身体の側面下方にある釦は、早い段階で壊れ綴じなくなった。ペンチなどで修理を試みてもらったがどうにもダメだった。はずれた釦の凹信分を踏みつけて顔をしかめるマスターには、気の毒なことをしたといつも思っていた。
上方のゴムも早々に伸びきっていたが、通してある紐が締め付けることなく、むしろ良い具合に身体に添うので、マスターはお気に入りだったようだ。しかし、それももう限界だった。歳月とともに何度もこすれて薄くなり、紐が通るトンネルは徐々にその内部をさらけ出していった。
新しいパートナーは、その機能は劣るもののやはりゴムの部分がほとんどなく、腰のラインを緩やかに包む。彼には釦がないので踏みつけて痛い思いをする心配はもうないだろう。マスターがいつも左を向いて眠るのに不満を持たなければよいのだが。
相方の上着はサボり癖があり、もっぱら冬しか姿を出さない。彼はまだまだ現役でいるのだろう。マスターに忘れられず末永く愛用されて欲しいものだ。
未練がないと言えば嘘になるが、このまま現役を続けるのも惨めなものだ。引き際が肝心である。10年来愛用され続けたのはうれしい限りだ。左肩に当たる部分に施されたスクリプトの刺繍を勲章に、潔く舞台を降りよう。目を閉じてのんびり、ボールのはずむ音を思い出してしばらくはノスタルジーに浸ろうか。
「ある部活ジャージのモノローグ」
060330
- 2006-03-30 (木)
- 01 戯言
電車に乗ると、車輌をつなぐ連結部分側にちょこんとある優先座席。シートの幅も狭いし、わざわざあそこに設けなくてもいいんじゃね?全部優先座席にすればいいんじゃね?と、ぼんやり思う春の陽気を心待つ三月。
060325
- 2006-03-25 (土)
- 01 戯言
車輌事故にあった。といっても同乗していただけで、身体の異常もなし。停止していたところにスイッチバックの餌食。フロント部分が大破。レッカー。仕事は手痛い停滞。しかし、雰囲気はなごやか。
スキンヘッドにキャスケットorハンチングの男性を立て続けに三人見た。流行ってる?NANAか?でもキライではない。頭髪に危惧を感じた際は、採用するのもやぶさかではないという気がしないでもない。
060321
- 2006-03-21 (火)
- 01 戯言
パッと取りかかりどっぷりと深く潜り込んで、底にタッチしたら急浮上するタイプ。コツコツと少しずつ着実に歩を進め、確実に結果を出すのはボクにとって難易度が高い。毎日10分を半年続けるよりも、10時間を3日続ける方が気が楽だ。しかし、そういった方法をとらなくてはならないケースもあるわけで大変苦労する。成功率を高めるにはどうすればいいか。これはゴールを細かく設定するという対象法を用いている。そしてマメにチェックする。上記で言えば2週間を一区切りにして、それの13セットといった具合に設定。14のマス目がある紙に1 日ずつ印を付けていくのだ。ゴールには印が付けられた13枚の紙が積み重なる。7マス×26枚だと気分的にはさらに軽い(ボクにとっては)。
全員がとは言わずとも、女性のかなりの割合が挑戦しているのではないかと思われるのがダイエット。ダンベルやらリンゴやらチョコレートやらヨーグルト。かなりのバリエーションが開発され、さらに新種も続々登場。成功しなかったからというネガティブな理由ではここまで発展しないでしょう。美への欲求も後押しすると言えども、取り組むこと自体が好まれる愛されて止まない行為なのではないかと思うのです。「ダイエットは女性の趣味」そう思えてなりません。
目で見て認識、記して確認。効果がわかればやる気も出るもの。
趣味のダイエットを助長するチェックシート(PDF)を作ってみました。1枚のシートが31日分で5日刻みと1週間刻みにキーライン。縦軸はウエイトと体温に。使用する月に○をつけ、スタートとラストのウエイトを書き込め効果がわかるようにしました。カラーは赤と青。お好きな方もしくは使用やインテリアにあわせてどうぞ。もちろん、男性諸君の使用も問題ありませぬ。
しかしながら、10時間を3日続けるような無理なダイエットにはくれぐれもご注意を。ダイエット(DIET)には死(DIE)の危険も含まれています。
060313
- 2006-03-13 (月)
- 01 戯言
「ゲーム感覚」悪いニュアンスで使われる事が多いこの言葉、ボクは良い意味で捉えています。
ゲームは遊びという意味も含むけれど、勝負事や競技の意味を多く含んでいる言葉で、そこにはルールが必要になる。社会にある明確なルールは法律くらいのもんだろう。あとはマナーやモラルかな。だから、仕事や課題や生活の中でゲーム感覚を持つということは、自分なりのルールを生活の中に導入することだと思うのです。子供の頃、道路に敷いてあるタイルの線を踏まないように歩いたり、横断歩道で白い線をポンポン飛び跳ねて歩いたり、そんな経験はみんなあるでしょう?「3時までにこの案件を仕上げる事ができれば勝ち」とか「お客さんが料金を財布から出しきるまでに商品を袋に詰めることができれば勝ち」とか「次に通る車のナンバが全部偶数だと勝ち、奇数が混ざってたら引き分け、全部奇数は負け」とか。これって単調な暮らしのリズムに少し刺激を加える事じゃないかなと。それって別に悪い事じゃないよね。
それにゲームって、やるときは真剣そのもの。大人も子供も関係なく本気でやってる。「ナンバープレイス」から名前を変えた「数独」は、世界のあちこちの人が今夢中になってやってる。それはやっぱり面白いからでしょう。面白味を探して見つけて真剣に取り組む。しかもリラックスしながら。「ゲーム感覚」ってつまりそういうことだと思うのです。事を重大に捉えすぎてプレッシャーでガチガチ、余裕なしで取り組むよりは、よっぽど上手な処世術ですよね。だれに語りかけているのでしょうか。
FFXII発売に先駆けてゲームネタが書けたので、今回はボクの勝ち。また寒くなるようですが、春はもうすぐそこ。雨にも風にも花粉にも負けずがんばりましょう。だれに語りかけているのでしょうか。
060306
- 2006-03-06 (月)
- 01 戯言
若い人ほどモラルが欠如しているように言われる場面が多々あるが、それはいかがなものだろうか。同年代の友達を見ていて、みんな紳士淑女然としているなと感じる。さらに若年を見ても顔をしかめるような場面にはあまり遭遇しない気がする。むしろ子供も自立して、そろそろ第二の人生を考え始めるくらいの年齢の大人の方がマナーが悪いと感じる機会が多い。集団になるほどそれは顕著になる傾向があるように思う。
道の真ん中で吹き溜まると通行人の邪魔になるのは自明の理。電車に乗り込むときは出る人を待ってから乗車する。順番抜かしなんてもちろんしない。車内で大声で話すのも携帯電話で話すのも迷惑度では大差ない気がするし、押し退けてまで席に座る姿は見ていて気持ちの良いものではない。
話を最後まで聞かないという面も見受けられる。聞いた上で反論すればいいだけだと思うのだが、言ってる言葉にかぶせて発言する。それとも聞いてしまうと負けというルールなのか。そういう時に限って、聞いてみればピントのずれた意見だったりするのだ。どちらにせよ、相手に言わせないで自分だけが言うという「やったもん勝ち」な意見交換は品のあるやり方ではないと思う。
勝ち負けや損得が価値判断の最優先にあるとそうなるのかもしれない。「自分の子供や孫に胸を張って見せられるか?」を基準にした行動だとそうはならないのではないか。面の皮の厚さというよりも、客観性の有無だろう。ジェネレーションである程度区切られるのは、それが許容された社会だったかどうかの差だろう。サムライの国日本は恥知る者の国だったはずなのになぁと少し残念に思う。
060225
急報で空の旅。行き先の宮崎県は十一年ぶりだ。十年一昔と言うがなるほど、小さい頃の記憶の方が明確なので、目線の違いなどでよけいに変化が激しく感じる。しかし空港からの道路にあるフェニックス通りは変わらず。随分とご無沙汰な親戚もいて、半分くらいは誰が誰かわからない。誰かはわかっても関係性がわからない場合もある。向こうはこっちを覚えていてこっちは覚えていないというのは実に居心地が悪いものだ。しかし、親戚総勢で約四十人。致し方ないとも言えるのではないだろうか。
ある程度分散したがひとつの家に約半分の人間が寝泊まり。雑魚寝で三日を過ごすなかなかヘビーな状況だ。方言もジェネレーションや考え方のギャップもあり、会話が上手くかみ合わない状況が多分にある中で差し出されたのは、田舎に収蔵されていた写真。親戚一同が前のめりになるキラーコンテンツだ。これは誰だあの時はこうだったすっかり変わってしまったな懐かしいなおーあーうわー。基本的に自分より年上の人の小さい頃は知らないし、親の若い頃の姿を見る機会はそうそうない。滞在している場所にその過去があったわけで、ここがこうなっててここでこんな事があってと言った話が聞けてとても面白かった。父親とそっくりだとやたらに言われる理由もよくわかった。写真は記憶を引き出す媒介として大きな力を持っているなと思った次第。
田舎は基本が農家なのだが兼業で畜産業もしていて牛がいた。近付くと興味津々によってくるのだが、手を伸ばすと後ずさり。若干離れた目でじっとこちらを凝視するのが少し恐いながらも可愛い。
060212
- 2006-02-12 (日)
- 01 戯言
ポツリと額に一滴。また雨が降ってきた。まいったなぁ、今日も傘ないや。まぁ、買う程でもないし、濡れて帰るのも嫌いじゃないからいいか。 しかし、雨が降ると寒いなぁ。ただでさえ寒いのに。早くあったかくなんないかな。そういえば酸性雨ってどうなったんだろ?最近あんまり聞かないな。 酸性じゃなくなったってわけじゃないだろうし、きっと昔より基準があがっちゃったんだろうなぁ。光化学スモッグも聞かないな。 あれ?酸性って赤だっけ?青だっけ?どっちだっけなぁ。リトマス試験紙ってどこに売ってんだろ?見たことないな。 なんか付箋みたいな感じだった気がするけど。酸性に弱い人とかっているのかな?どんどんひどくなったら、溶けちゃうよね。 酸性雨で溶けちゃったら「あの人は水溶性だったねぇ」とか言われちゃうのかな。いや、そんな人は傘持つな、きっと。 実は自分がそうだったりして。だったら溶けちゃうよなぁ。自分で溶けてきたって気付くのかな。気付かなかったらきついなぁ。 親切な人が「あなた溶けてきてますよ」とか言ってくれ のかも。あぁ、しかし寒いなぁ。 冬は雨降っ もあんまりコンクリートの匂いって ないなぁ。夏は結構ふわんって匂 のに。 あれって っぱり蒸発し 空気と混ざっ 匂いがす んだよなぁ。あ 、思っ より濡れ るな。 ちょっ 早足 歩 う。み なちゃん 傘持って な。 気予報見て のか。 冷 っ!この電 から落 くるおっ いの て意 痛いよ ぁ、もう。な 雨っ な め ち る だ あぁ、 。 も 。しと しと しと し としと し し と と とし し と し し と し と
060209
怠惰の懲罰、詳らかに提唱する徳義の多行。
星のない空に正解を探して盛会な青海の世界へ渡海。
怒濤と同等の徒党「凍土の党」轟き、奉りつまつろわずうつろいゆく端子。
耳は茫洋を泳ぎ、電磁の天資、天使の天象を呈した後に停止する。
超御の語調長じて丁重に低調。
立つ瀬のない足場に立ち、相対する十の問いを投擲。
震える足の下、楽しさ揺れ暮れ擂れ涸れ枯れ嗄れる自身の自信の地震。
鳥瞰の聴覚、格調高き候鳥の巧緻で剛直な長考による逓信は、
音の波の透度と明度を再度彩度に淘汰しつつ到達。
等分された過分な通分。脱出を可能とする通年の通念。
昼夜を問わず澄明な調和を跳梁跋扈する朝令暮改な潮流を調律すれば、
直情で直列な直往邁進が直接直撃。
十八の他が十字、従事する多音行の十字。
秩序を除する情の試みは、遊技の思議のみ。優美の態の実。揺らぎの波のみ。
060206
- 2006-02-06 (月)
- 01 戯言
電車に乗っているといつも思うんだ。景色がマンネリだなぁって。知らない国や街の景色を見るとあんなにワクワクするのに、通い慣れた路線の景色はなんとなく色あせてる。いつも違う景色を見るのは無理だからしょうがないけど、日常に埋もれちゃってるのかなって。
ただ、景色も見る角度で随分変わるはずだと思うんだ。ぼくらがいつも見て見慣れて見飽きているのは列車の横にある風景。向かって右にはスタッフがやたらに多いSSと大通り、左にはスーパーといつもネコが集会してる駐車場って具合にね。見るときっと楽しいだろうなぁって思うのは、運転手さんが見る情景。ゲームでも人気になったし、子供なんかがよく見たがったりするじゃない?見ていて結構スリリングで、結構飽きずに楽しめるんじゃないかな?って思うんだけど。地下鉄じゃあまり面白くないのかな?列車の先頭と最後尾にカメラをつけて、車内でモニタリングできるようにはできないんだろうか。電波の問題もあるけど、携帯電話で受信できればおもしろいかもしれない。電車に乗る事自体をもっと楽しめる何かって、まだまだいっぱいある気がするなぁ。
060131
トイレ、便所、化粧室、手洗い、レストルーム、御不浄、厠、お手水、はばかり、雪隠。一部では3番や録音室(音入れ→おといれ)などと申すところがあるようですが、これは排泄のためにある場所の名前です。その名前を幾つ言えるかで、その人の語彙の豊富さが試せると何かの本で読みました。他にも探してみると、西浄、東司、後架、閑所、そうそうラバトリーもありました。高野山なんてのもあるようですね(髪を落とした坊主がいるのが寺で、髪→紙を落とすとかけてとのこと)。WCはすっかり忘れていました。フランス語なども入れだすとかなりの数になるそうですが、日本語でたくさん言い表せるのが面白いと感じます。他に「自分」を意味する言葉(僕、私など)というのもかなりの数があるようです。一度ピックアップして使い分けてみるのも一興ではないでしょうか。
最近、少しずつ自分の壁と向き合っています。チェンジオブペースでコツコツがんばろうという気分。なかなかつらくて悔しくてしんどくて楽しい毎日です。
060125
- 2006-01-25 (水)
- 01 戯言
LOOKBACK2005が見れないゾというご指摘いただきましたので、修正いたしました。環境が違うというのはなかなか難アリですね。さらにご指摘あればご一報くださるとありがたいです。
あと、今までのTOP画像もまとめて整理しました。こちらはPORTFOLIOにあります。
060120
- 2006-01-20 (金)
- 01 戯言
とはいうものの、主観だけで生きていけるかといえばそれはなかなか難しいですよね〜(口調変更)。そりゃ、ただのわがままってもんできっと痛い目に遭うでしょう。客観性ってのも大事です。仕事なんて人のことを考えることでしかないと言うと極論かもしれませんが、客観性がなきゃ成り立たないもんだと思います。だから大変なのでしょうか。しかし、主観のない客観性はなく、つまるところ客観性は主観に裏打ちされたものでしかないということでしょう。とすれば、主観と客観の切替こそが難しいということになりましょうか。はてさて。
せっかく近所なので、サントリーミュージアムに足を伸ばしてみようかなと考えているウエハラくんは、どうやらミュシャがお気に入り。が、デザインに携わっているわりには、芸術関係についてはあまりよく知らないようです。絵を3つ並べてどれが印象派に近いか質問しても、おそらく答えられないでしょう。アールヌーボについては、ミュシャに興味があったので多少わかる様子。興味のないものに関しては、頭を素通りしてしまうようです。大丈夫なのかしら?と思わぬこともないですが、今まで問題なく生きて来られたようなので、まぁ大丈夫なのでしょう。と客観的に書いてみたりしています。
週末はえらく寒くなるみたいですが、ボディブローのようにジワジワとしかし確実に春が近付いていることを信じて、一寸刻み五分刻みのらりくらりと徒然なるままに寒さをかわしながら持ちこたえたい所存であります。カゼという軽いニュアンスの重いハンデを背負いませんように、皆様も是非ともご自愛下さいませ。
060103
- 2006-01-03 (火)
- 01 戯言
あけましておめでとうございます。
やはりお正月らしくないお正月でした。
小学生くらいの頃の年賀状には、たいてい「おもち食べ過ぎないように」と書かれてありましたが、あれは誰が書き始めたものでしょう。今でも書くのでしょうか。
今年もマイペースで自分の「おもしろい」と向き合っていきたいと思います。どうぞよろしく。
051230
- 2005-12-30 (金)
- 01 戯言
今年も余すところ後二日。これから実家に帰ろうかというところ。ボクは郵便局員と看護士の息子なので、正月と言えどみんな揃って新年を祝うという感じでもない。一人ポツンと家にいる事も珍しくないです。フツーに本を読んでたりするけど、それはそれでキライじゃない。携帯電話も(何故か家族でボクだけ)電波が届かないようで、地元の帰省仲間に連絡を取ろうにもうまく連絡が取れません。ほぼ陸の孤島です。除夜の鐘を聞きながらレシートの整理というのが、ここ何年かの通例。でも、今年は終わらしてから帰る予定。
1977年に生まれて、現在29年目。人生時間(年齢を3で割った数字を時間になおす)でだいたい9時半。目も覚めて、準備も整え、物事にガッチリ取り組み始める頃合いかなと思います。来年はどんな年に「なる」かではなく、どんな年に「する」か。望んで臨む姿勢が大切だと思います。とりあえず髪伸ばしてみようかな。
051210
- 2005-12-10 (土)
- 01 戯言
お昼時、仕事で天王寺から堺の方まで。電車にゴトゴト揺られ、ポカポカ陽気に彩られて、窓の外はのどかな景色。ドアが開くとヒタヒタ冷気が忍び寄る。丁度期末の時期なのだろう、女子高生があちこちで古典だ、Cだ、問7だとかしましい。なんとなくノスタルジィ。そういえば、着ていた制服はどこいったっけかな。サイズ的には問題なさそうなので、あれば着てみたい気もする。
スカートの下にズボンを着用していた女子高生を何人か見かけたが、あれはいかがなものか。女子高生はスカート履いてなきゃイヤだいという主張ではなく、ビジュアルとして問題アリという意味だ。着用していたのは学校指定の紅いジャージやウインドブレーカ、あとスパッツみたいなの。学校の制服とマッチングするならまだいいが、街中で完全に異彩を放っていたように思う。寒いのはわかるけど。制服にそこまでの自由度を与えるのであれば、男子生徒だけでなく、女子生徒にも制服のズボン着用を採用するべきだろう。男子→ズボン・女子→スカートの図式はただの固定概念で、理由はなさそうな気がする。パンツスーツの女性が珍しいとも思えない。ただ男子生徒のスカート姿は、あまり見たくないなと個人的に思う。
051205
「I know アイノウ」足をお運びくださった皆様、ご観賞くださった皆様、メッセージを残してくださった皆様、また差し入れなどをお持ちくださった皆様方、厚く御礼申し上げます。
生来のマイナ指向で、多分に不足を含んだ説明の、見る人に優しくない作品ではありましたが、個人的に手応えを感じる作品になりました。真ん中には何もない作品というのが、自分の中で一番興味深かった点です。「ワード・イン・ワード」は作品の中でなく、タイトルの中。カレイドスコープの中に紛れた“カコ”がテーマでした。機会がないと、人間なかなか内面に目を向けないものですね。いろんな反応が見れてとても楽しかったです。メッセージこれから楽しく読ませていただきたいと思います。ありがとうございました。
051203
別れは寂しくて悲しい。愛別離苦、会者定離。それが新しい始まりだとしても、やはり寂しさや悲しさが影を落とす。手を振って、大きな声で、つぶやくように「さようなら」。いろんなカタチの「さようなら」。でも「byebye」の中には「eye」がある。「さようなら」の挨拶は瞳で交わすのです。
「ワード・イン・ワード」テキストタイプ 03
051201
「no.1 よりonly1」。よく聞く言葉だけど、よく考えりゃみなオンリーワン。肌、声、思考、みんなそれぞれ。十人十色のバラエティー。よく考えなくても、そりゃそうだね。だけどやっぱり、この人は違う!って人がいるもんで、なんだか全然かなわない気がする。勝とうってわけでもないのに負けっぱなし。そんな孤高のオンリーワンは「Lonely」の中にある「only」をしっかり胸に抱いてる。そんな気がするのです。
「ワード・イン・ワード」テキストタイプ 02
私信返信:今日はまた格別に寒く感じる一日でしたが、ご機嫌いかがでしょう。
ボクの方は、今日から自転車に運航を切り替え、
体内発熱キャンペーンを実施中です。
苺って、口や鼻をあま〜くくすぐって、
みんなをハッピーにさせるものの代表のようなイメージです。
あと「母」の字が入っているのが興味深いところですね。
座右の銘!そんなに深く届けば本望です。
heartは誰もが持っているもの。
heartをheatさせるとartが生まれるのかもしれませんね。
使用制限なんてありません。どんどん使っちゃって大丈夫です。
「私信返信」と「以心伝心」が同じ韻だと、いま驚いてるボクです。
それでは、また。
051129
人の話を聞く。これが結構難しいもののよう。小学校の頃はしきりに「人の話をしっかり聞きましょう」と教育された。それでも話を聞かない大人はたくさんいるのです。困ったもんだね。逆に、静かに話を聞いてくれる人は、好意を持たれることが多い。一般的に、愚痴を聞いてくれる人って、それだけでいい人のカテゴリに入るみたい。
だけど、どんな話でも聞くのが難しいってわけじゃない。自然と耳が傾いてしまう、そんな話も大いにあるよね。話術はアプローチのひとつ。話す人の心の内を、その人の言葉で綴る話には、やはり耳を傾けてしまうもの。そんなときは、聞く人も心の耳で聞いている。「heart」の「ear」で「hear」するのです。
「ワード・イン・ワード」テキストタイプ 01
051123
いま、これを書いてるボクは生きている。これを読んでるあなたも生きている。今、この世に生きていることは、確率の高い偶然だけれど、これを目にする人は 100%生きているはず。脳死の状態が生か死か、これは未だに意見が分かれるところ。フィジカルな問題を念頭に置くと専門的で難しくなるので、ボクにはよくわからない。しかし、メンタルな面で考えると、これは少しわかりやすくなるのだ。すなわち「活きて」いるかいないか。息をするだけの生なら「生息」でいいと思う。もしくは「生存」か。しかしながら、ボクたちの生の営みは「生活」と呼ばれている。活力を持って生きる、自分の力を活用して生きる。「生活」は「生存」よりも能動的で、なかなかどうして人間的だ。活き活きとした状態に向かう姿勢こそ生きる事だと思う。字引とは違うもしれないけれど、これがボクの捉え方。死は無理でも生は体験できる。あなたの思う「生きる」はどんなもんだろう?
051118
- 2005-11-18 (金)
- 01 戯言
「オリジナル」「オーダーメイド」「カスタマイズ」といったものが好きだ。でも、「レア」「一点もの」なんかにはあまり強く興味を示さない。自分をターゲットとして作られたものに惹かれるみたい。写真のZIPPOはもう五代目。10年選手の喫煙者だけど(計算が合わないよな)、刻印を入れたのは、今回のこれが初めて(といっても、もう4ヶ月ほど経つ)。ロゴを入れるには版を作らなければならず、かなり高価になってしまうとのことで、サンプル書体の中から選んでお願いした。全オリジナルではなくなったが、気に入っている。
以前に書いたリュックサックのペイントのように、レディメイドに少し手を加えてといったケースが主流。あまりコストをかけず手作業でやることが多い。お金をつぎ込んだ場合には、出来上がりを見た結果「高い方を買えばよかった」という後悔につながる危険をはらんでいるので、注意が必要だ。お店に頼んだりするよりも、手作業の方が時間もかかるし面倒くさい。だけど、そのものとふれあう時間が長いほど、愛着も深くなる傾向にあるように思う。「手間のかかる子ほどかわいい」というのは、素直に理解できる言葉だ。
これまた以前に書いた手帳は未着手。スケジュール帳を作るスケジュールがなかなかたてられません。
051112
共有言語という言葉があるが、意外に共有されていないものだ。
「なんの曲が好きですか?」と質問を受けたとして、返答は人それぞれ。好みが違うので当然だ。ミュージシャンの名前で答える場合も、ジャンルで濁す場合もある。旋律のパターンで語れる人もいるだろう。「毎朝テンションをあげるために聴く曲」は果たして好きに入るのかどうか?これは意見が分かれそうである。この場合「好き」という言葉の解釈が、共有されていない。定義が違うという意味でもあると思う。「バナナはおやつに入りますか?」は「おやつ」の定義が共有されていないのだ。「友情」「優しい」「今度」など、ある程度のレンジを持った言葉には結構そんなことがある気がする。
比喩表現とは、ある事柄を身近な事象に置き換え、お互いの理解を共有するための手法であるが、共有言語を用いられていなければ全く意味を成さない。野球を知らない人に、フィールダーズチョイスの例えを出しても、ちんぷんかんぷんである。つまり、相手が知っていて、さらにこちらもそれに例えることができる程度の理解度がないといけない、なかなか高度な技術である。故に、うまく例えられたときやストンと理解してもらえたときの充足感は、意外に大きい。
最近、ここで書いている文にお褒めの言葉をいただいた。読んでもらってうれしい。褒めてもらって、またうれしい。例えるなら、お酒を飲んだ後の苺大福のようだ。これが悪い比喩表現の一例である。
051105
- 2005-11-05 (土)
- 01 戯言
酔い覚まし。ミネラルウォータのボタンを押して、一駅分の夜間遠足。テクテク。最近はお茶よりも水。その方が減りが少ない傾向がある。少し汗ばむのは、コロコロと変貌する気候の所為か、父親のお下がりの三つ揃いの所為か。ポケットには刺繍入り。サスペンダは少し肩が凝る。少し寄り道して、公園の砂を踏んでみた。ジャリジャリ。まだ馴染んでいない革の靴で、かかとが少し痛い。周りを見回して小さな声で唄ってみたり。追い抜く自転車には要注意だ。変質者に出会ったのは今日が初めて。愉快犯は騒がれることが目的だろう。無視が一番効果的。ということでスルー。道端でクラブを振るうおじさんの目には、グリーンが見えているのだろう。その近くにあったスナックの名前は海馬。これでトドと読む。丁寧にルビまで表記。こんな名前でお客さんは来るのだろうか?レンタルビデオ屋さんからは笑顔の母娘。こんな遅い時間から鑑賞会?いや、お休みの明日に楽しむのかな?楽しそうでなによりです。
十年来の友達が言うには、ボクはあまり人に対して興味がないようだ。さすがによく見てるなと思う。人のやることや、どう感じたかには結構興味を示す気がするけど、たしかに。人自体にはあまり興味を持たない気がする。結局はわがままなんだなぁと思う。
スキ・キライ、シタイ・シタクナイ、オモシロイ・オモシロクナイ。しかし、自分の気持ちに行動を委ねるのも、なかなかに難しい世の中。自分がやることに夢中になれる人って、素晴らしいと思うのです(周りとのバランスは大事だけど)。シンプルでいられる程素敵に見える。
最近はあまり「自分が何者か?」みたいなことでは考え込まなくなった。ボクはボクだろうし、いろんな人にいろんなボクがいる。無理に統一しようとせず、その違いを楽しめるようになってきた気がする。もともと、あまり執着がないけど。自分が持っている「自分の理想像」に向かう努力が大切だなーって。
自分のためにがんばるって、意外に難しいけど、格好いいなと思う。
電車で見かけた、本を熱心に読んでる女の子。どうやら調理師の免許を取ろうとしている様子。がんばって。名前も知らない君にエールを送ります。
051022
手には軍手とビニール袋。そして懐中電灯。大のおとなが二人、夜に河原で方々を照らしながら「これはいいんちゃう?」「ちょっと小さいかなぁ?」と、なかなか酔狂なお話。年を重ねる程、現実はシビアにのしかかってきて、無駄やバカからは自然と距離を取るようだ。
河原で石を探して拾う。しようと思えばいつでもできる行為だが、することは年齢的にもまずないだろう。前に石を拾ったのはいつの日だったろうか。ステキな非日常である。
誰もが一度は、石を探して拾った経験があることと思う。今回は目的がちゃんとあり、それに則した石を探したのだが、結構没頭した。石を見る目は結構厳しい。人それぞれ「キレイな石」の基準が違うんだろうなと思うと面白い。一度大勢で「自分なりに一番キレイな石を拾う大会」でも催したいものだ。意外に盛り上がるんじゃないだろうか?
写真は採集のあとの選別祭で残った補欠組。取り残されるのが寂しそうでもある。ちなみにライティングは懐中電灯×2。だだっ広い闇の中で光の筋を滑らせるのは、予想外に楽しいものであると知った秋。草と土の匂いがノスタルジック。サッカーボールの縦回転。冷たい風とメランコリック。
今回選別祭で勝ち残った石たちは、土日に湊町リバープレイスにて、陰ながらの活躍をされる予定です。ブースナンバは18。どのように活躍するのかは、見てのお楽しみ。
051012
- 2005-10-12 (水)
- 01 戯言
キーボードの前にはいつも紙がある。ボクの制作環境の実体だ。キーボードの手前に置かれ、キーボード自体で押さえつけられているのは、提案のためだった資料やミスプリントといった裏紙。袖に引っかかったりすることもあるが、これがなかなか具合がよろしいのである。用途はちょっとしたメモや、ラフ案。内容は雑多で、ほぼ落書きの様相。
ひらめきは一瞬のもので、来たと思った途端に消えているケースがよくある。うまくキャッチできるのは稀だ。思い出そうとして思い出せるのは、ある程度具体化したモノばかりで、インスピレーションの本質とは少しズレがある。本当に掴みたかったのはもっと抽象的なモノであることが多い。勝利の女神と同じで、アイデアにもどうやら後ろ髪はないようだ。いろいろと書き殴った紙がキーボードの前に鎮座する机の上は、正直あまり見栄えがよろしくない。が、逃げ足の早いアイデアたちを瞬時に捕まえ、閉じこめるためには欠かせないのである。
しかし、いつ来ても良いようにと準備しているときに限って、やってこないというのもまた真である気がするのだ。ボクの場合、ひらめきが降りて来るのはお風呂場が多い。カミがビショビショなのである。
051004
泣くのが下手だ。もう何年も泣いていない。心が貧しいのかなぁと心配になることもある。しかし、感動しないわけではない。うれしいこともたくさんあったし、悲しいことも悔しいこともあった。ウルッと来たことは何度もある。でも、なんだか心に変な力が入っちゃって、手前でとまってしまう。ここ何年かのボクの涙は、最後の防波堤をなかなか越えられないようだ。
本をよく読む所為か、自分をすぐに客観視する癖があるように思う。落ち着いて見えるなどとよく言われるのもきっとその所為。自分で醒めてるなぁと思うことも多々。自分に何かの出来事が起こって、目頭が熱くなり始めるとどこかで「おっ、泣けるか?」と言っている自分が出てくる。そう言われて気にし出すと泣きにくいものだ。それと作り手として見てしまう癖。俗に言うハートウォーミングな物語と遭遇すると、後者が顕著に現れる傾向があり、感動したときには「盛り上げがうまいなぁ」というような感想に辿り着く。
平和な時代に生まれ、今まで平々凡々に生きて来れて、思いだして泣いてしまう程の、悲しい出来事に巡り会わなかったのは幸いだと思う。いや、それにしても泣けない理由にはならないか。
自分に入り込むってのは、簡単なようでなかなか難しい。自分に素直になるというのも当たり前のようでなかなか。泣くという行為は魂の浄化のような効果がある。しばらく浄化していない魂には、いったい何がこびりついているのだろう。
できるなら、悲しい話ではなく、ハッピーで泣きたいなと願う。
※上記は「特色テキスタイル/泣」2004.2 GALLERY VIE 既出
050927
特別何をしたってわけでもないのに、最近では堂々のトップをマークした、大笑いの日曜日。口を開けて笑えばホクホク。笑ってる顔を見れば、それもまたホクホク。笑うってのは大切なもんだなぁと、なんとなく実感した。
人間が人間であることを保つ最後の防波堤は、笑うという行為であると何かで読んだ。「もう笑うしかない」とかいうもんね。人間しか笑わないし。
そして日本の言葉には、笑うという行為を表す言葉が多い。英語はでスマイル(smile)やラフ(laugh)ぐらいしか、該当する言葉がないのに対して、笑顔・微笑・談笑・艶笑・哄笑・失笑・高笑・嘲笑・朗笑・苦笑・一笑・爆笑・冷笑…などなどかなり豊富。豊かな文化があるよい国だなぁと感じます。中国ではどうなのかな?
よく笑う人はやはり朗らかな印象で、好意を持たれる事が多いと思う。笑うと老いは遠ざかると言うし、面白くなくても、笑うとだんだん楽しくなるものだ。漫画でもテレビでも人でもなんでもいい、自分にとっての笑いの場を見つけておくことは、人間にとって意外と重要なことなのかもしれない。
※上記は「特色テキスタイル/笑」2004.2 GALLERY VIE 既出
050921
- 2005-09-21 (水)
- 01 戯言
いつのまにやら空は高く夜は涼しく、バイク移動が気持ちよい気候になりました。
東急ハンズをフラリと覗いてみたら、文具コーナーにはもう来年のスケジュール帳がぎっしり。(少し気が早くないか?)今年はスケジュール帳見習いとして、自作のノートを使用しております。初めて作ったわりにはしっかりしていて、結構お気に入り。備忘録としての活用が主ですが、活用することよりもむしろ「スケジュール帳にどんな機能があると便利か」を実際に体験するために作ってみたものでした。しかしながら、携帯電話で自分にメールを送れば備忘録は事足りるし、電車の時間だって調べられるし、カレンダーなんてお茶の子さいさい。そんなにないと困るという程、手放せないモノにはならない気がします(ボクに関して言えばね)。お気に入りのフレーズや格言、英語の言い回しやことわざなんかが載ってると、重宝するかなという気も(ボクに関して言えばね)。
来年のはどんなのにしようか。作る作業はかなり地味なので、腰はまだまだ重そうです。
050825
大人になるにつれ、不思議なことってのはだんだんとなくなっていくもののようです。と言うよりは、不思議と思わなくなってくるんですね。当たり前に思うものが増えちゃうわけです。当たり前のものってなんとなく知ってる気がして、わかってる気になっちゃう。で、?にせずに素通りしちゃうみたい。
テクノロジーの発達で(ってそれもなんとなく思ってるわけで、具体的にどこがどういう風に発達したのか説明しなさいと言われてもできませんが)世の中には便利なものが増えました。ボクが生きてきたたった二十数年の間にも、世間てやつはめまぐるしく変化しまして、たくさんの道具たちと出会ってきました。たとえば、CDというものがあります。もう当たり前になって久しいですが、歴史は約20年といったところでしょうか。それでも、5年でガラクタの電機業界で 20年ですから、もう古参ですね。これがよく考えると不思議。あの円盤から一体どうやって綺麗な音が鳴るのか、いまいちボクはわかりません。光でデータを読みとって、それをデジタルデータに変換してって、えっきょくわからん。オーディオの中に小さな人たちがいて、演奏してると言われた方がまだ理解が早そうです。カメラの原理だってわかってるようで説明できない。ただなんとなく知ってる気がするだけ。ヘリコプターってどうやって方向を変えているんだろうか?モグラはどうやって地表と地底を関知するんだろう?不思議ってのは身近にあって当たり前の顔して佇んでる。それを不思議と思うかどうかは、やはりひとつの能力だと思うのです。
050818
- 2005-08-18 (木)
- 01 戯言
車線を跨いで走る車は嫌い(特にタクシーに多い)。
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TPC-bonも終了し、日常に着陸。一応メインであった、六本木ヒルズの展示は、大きくて見ごたえがありましたよ。しかしながら、ボクの中では過去のカテゴリーに分類されているようで、「あぁ、飾られておるなぁ」という素朴な感想。うれしいんだけどね。
今回の旅路には「しんどい方で行く」というサブテーマがあり、東京までの往復は青春18きっぷでの鈍行旅行。約9時間の行路は一見大変そうですが、間にちょくちょく乗り換えのミッションが挟まれ、結構動きがあるので、腰が痛くて仕方がないといった苦労はありませんでした。9時間の移動をただの移動時間として見てしまうと長いのですが、これも旅の一部と思えば、景色もいろいろ楽しめるもの。お盆でたくさん人もいるしね。しかし、道連れナシで黙々と行くにはやはり長いでしょう。楽しく話しながら移動できたのが、今回の良い部分でした。
長い旅路、あまり遠くへ来たという実感が湧かなかったのが不思議なところ。次に新幹線に乗るときはその速さを実感できることだろうと思います。あまり便利に慣れすぎるのも、かえってプアーな気がするね。
東京タワーへも行って登ってきました。足で。約600段。でもそんなに大変でもなかったかな。
050808
腰を痛めまして、ここ数日老人のような動きで過ごしましたが、ようやく年齢相応の挙動に戻りつつあり安堵のため息。力学的に言う支点に当たるのでしょうか、あらゆる行動の拠点であることをあらためて思い知りました。
来週にはまた東京パールコーポツアー。六本木ヒルズに掲示されている受賞作を見に行く予定なので、それまでには完治しておきたいところ。前回は新幹線でビュビュンと行きましたが、今回は青春18きっぷでゴトゴト行ってみる予定。時間の無駄と言われれば、それはまっとうすぎて言い返す言葉もないけれど、無駄ってそんなに悪いもんじゃない。音楽だって絵画だって、芸術なんて突き詰めれば無駄なものだしね。合理的で無味乾燥、定規で線を引いたみたいな生活なんて味気ないもの。無駄なコトやモノの中だけにある光は、この先もずっと探していきたい。「おもしろい」って、きっとそこにたくさんある気がします。
050727
- 2005-07-27 (水)
- 01 戯言
「ひとりでバー」
今年のボクの小さな目標でした。
なんだかバーってちょっと大人な感じで、そんなにお酒が好きってわけでもないんだぜ。やっぱり近寄りがたくてさ。人見知りだし、出不精だし、ひとりでカウンタで何すりゃいいのさ?だいたい普段、バイクで移動してんじゃーん。と、なんだかすげー行きにくいなーって思っていたのです。
でも、憧れはあるんだ。常連さんとか「いつもの」とか、ね。
こないだ誕生日も迎えちゃったわけだし、世間的にはいい大人。自炊はやめたし、毎晩どこで何食べようか考えるのは結構面倒くさいんだ、これが。
今日は雨だし、電車で移動。せっかくだしと、今日はひとりでのりこんでみた。内心ドキドキ。
向かったのは、地下鉄四ツ橋線の四ツ橋駅に密接したサントリーの「OLD BAR」。先週にも二度程お邪魔して雰囲気はつかんでいるし、オールドの水割りは、一杯が180円とリーズナボー。ひょんなことから、店員さんともなんとなく話せるような間柄なので、ボクの知ってるところでは一番敷居の低いバー。
入ってみれば店員さん、ボクのこと覚えててくれたようで、晩ご飯の合間にポロンポロンと話が弾む。ひとりなのでペースは速いけど、ウヰスキーって相性いいみたい。普段は20分もすれば店を出てしまうのに、いつのまにやらもう1時間を過ぎる頃。水割り3杯、ほんのり桜色でいとまを告げましたが、また味わいたいと思える時間でした。う〜ん、なんか大人。
お気に入りのお店って、見つけるのはなかなか大変だけど、見つけたときの決め手ってやっぱりそこにいる人だなぁと思うことが多いです。
今、程良くハッピーな気分。
050723
- 2005-07-23 (土)
- 01 戯言
懐かしい人や久しぶりな人、始めましてやこんにちはの人、ここ一月程に、結構いろんな人と会う機会がありました。ノスタルジックな話や人生相談、眉を寄せての仕事話や、斜め上を見上げて夢を語ったり、馬鹿話でケタケタと笑い転げたりとバリエーションは様々。人と会うのは億劫で出不精な方ですが、それでも楽しいひとときでした。
「人は自分を映す鏡」の言葉通り、いろんな人の中に、ボクの人物像が見え隠れしていて、それぞれが別の角度を持っているのが、面白くまた面映ゆいです。焦って探そうとする自分らしさなんてのは、きっと自分の中にはなくて、それぞれの人の中にそれぞれのボクらしいボクがいるのかななんて。いまいちうまく言葉にはできないけど、そんな風に感じました。受賞や誕生日のお祝いの言葉、たくさんたくさんいただいて、みんなのあたたかい言葉に、ただただありがとうと感じ入るばかりです。ありがとう、みんな大好き。
今年はまだアブラゼミを見ていません。クマゼミばかり。もう少し後だった気がするけど、異常気象?まだまだこれから暑くなる夏、ご自愛くださいませ。
050526
- 2005-05-26 (木)
- 01 戯言
先日ふと思い立って、プールで泳いできました。
時間が空いたものの、特に急ぎの用事もなく、わりあいのんびりできる。だからといって、ただダラダラと時間を潰すのはもったいない。タイムカードを押すように漫然と一日が過ぎゆくのに歯止めをかけるべく、新体験をして一日に名前を付けようということで、いろいろ思いを巡らす。少し制作や創作から離れて、体を動かそう。慢性的な運動不足だし、今は作業よりはアイデア練る段階だし(創作からまり離れてません)。走るか、といっても無目的に走るのは、なかなか難しいもの。また、それは特に珍しくもない。ということで、長らくしていない“泳ぐ”という行為に決定、近くにあってまだ利用していないものに目を向けたのでした。
ボクの住んでいるのは大阪市港区。海遊館から一駅離れた場所で、中央体育館と併設した大阪プールと弁天町にあるPOOLSがこの付近での泳げる場所。どちらか悩んだが、まずは敷居の低い弁天町の方に足を向けました(大阪プールの方は国体などでも使われる大きい施設で、個人利用でもプロが使う50m プールを使用できるらしいのです。値段は1回利用で700円と割安な感じだが、5年振りくらいに泳ぎ人にはちょっと本格的すぎる)。ついでにお風呂にも入ってサウナで汗をダラダラかこうかという、一石二鳥作戦であります。
弁天町までは自転車で5分くらい。そういえばこの前警察が集まっていたなぁというポイントも野次馬しながら(なにもなかった。ちなみに、先々週には僕が住んでるマンション内で押し入り・立てこもりがあったらしい。物騒ですね、戸締まりにはご用心を)、弁天町のオークという複合施設に到着。軽く本屋をチェックしてからプールの受付へ。入口の方へ向かう人が結構いるが、これはスポーツジムが母体であるためで、時期・場所などを考えると、プール自体にはそんなに入るわけないよなーと予想しながら、入場料を支払って中に進みます。久しぶりに味わう水着の不安な感じや、勝手がわからないどぎまぎを率いて、いざプールへ。
写真では見たことあったけど、広い!なんだかいろんなプールがそこかしこにあって、ちょっとした迷路みたい。アクリルでできたプールの橋まである。小学生にはパラダイスに見えるはず。天井は高くドーム状になっていて、太陽光がそこかしこから漏れるのが気持ちいい。天気があまりよろしくなかったのが残念でした。そして、予想通り、人があまりいない。というか、ほとんどいない。というか、ほぼ貸し切り。泳いでいるのを見たのは、おばさんとおじさんが一人ずつだけです。スポーツジムの会員専用プールがもう一つあり、そっちは見えなかったけど、たくさんバシャバシャ泳いでる感じではなかったです。スタッフの方は6人くらいいて、そこかしこで掃除してらっしゃいましたが、たぶん夏に向けての準備なのでしょう。施設の稼働費とか人件費とか、頭数で割るとえらいことになるな〜とぼんやり考えながら、塩素の匂いを味わいました。久しぶりに泳いだ感想としては、「体力落ちたな」と「泳いでると髪の毛って邪魔やな。キャップか、なるほど」の2本です。やはりエンターテイメントプール。黙々と泳ぐ雰囲気でもなく、ひとりぼっち、しかも人口密度はかなり薄い、では孤独感もひとしおなので、早々にプールを後にし、お風呂の方へ。
こちらは時間帯もあるのか、人が結構いらっしゃいました。オッサン指数は93%ほど。日本人ってやっぱりお風呂好きなのかな。お風呂とプール逆にすればいいのに。1R住まいのボクは基本的にシャワリスト(シャワーの人の意)なので、ゆったりお風呂で身体を伸ばしてご満悦です。寝転がって浸かり、泡でマッサージ、打たれてはサウナで汗まみれ。水に浸かってジンジンと、味わい尽くした気分。こっちがメインのようでした。あとはお風呂で本が読めれば最高なのに(実家の時はいつもお風呂で本読んでました。ゆっくりできるし、本の内容がスッと頭に入ります。考え事とかに向いてますね、お風呂って)。こうした公衆浴場・天然温泉も久しぶりなのでいい体験。今回はそんなに泳いでませんが、体中で息をする感じってのも、たまにはいいかも。次は敷居の高い方にもチャレンジしてみようという所存です。
050514
- 2005-05-14 (土)
- 01 戯言
っつーかね、前にカバン買ったんスよー、オークションで安かったんで。使ってたヤツが寿命でー、ファスナーの横とか破けて穴が開いてたんスよ?気に入ってたんスけどねー。もうムリかーって。で、で、買ったんスけどー、なんか気に入らなくてー。色もあさいしねー、もう少し大きいと思ってたんスよー。A4くらいは入るッスよ!?でも、なんかねー。
で、で、違うカバンとかも試してみたんスけどー、これからバイク載るじゃないッスか?やっぱりねー、肩から提げるヤツとか風でプラプラするっしょ?リュックが一番ラクなんスよねー。で、で、どうにかしよーと思ってー、まぁ、もうサイズはムリなんでー。ムリっしょ!?ムリッスよー。なんでー。色をどうにかしようって考えたンスよ。で、で、ペンキ買ってきてー、あ、まぁオレンジなんすけど、買ってきてー。全体的に色変えるとかも難しそうなんで、散らしてみよーって。
やる場所とか悩んだんスけどー、外はいろいろ問題でるなーと思って、もう風呂場ですることにしたんスよ。新聞紙とかゴミ袋でマスキングしてねー。ペンキベシャベシャ投げつける感じでやったんスけど、これが結構面白くてねー。面白いッスよ!?ちょっとやりすぎたかなーとも思ったんスけど、まぁ、いっかーって。で、で、渇かすこと全然考えてなくて、これ風呂入れるんかなーってあとで気付いてねー。ま、フツーに入ったッスけど。あとは雨でも大丈夫かどうかってとこなんスけどねー。いやー、お気に入りかどうかッスか!?まだ、使ってないんでわかんないッス。ッスけどー、なんか育ての親?親じゃないスけど、なんかそんな感じで、気に入るかなーって思うんスけどねー。
050509
- 2005-05-09 (月)
- 01 戯言
しかし、どうもダメな日というか、なにをやっても裏目に出てしまう日というのはあるもので、ものは落とすの、指は挟むの、出費は無駄になるの、道は間違えるのとなかなかバラエティーに富んでおります。だけど、「今日は最悪!」と落とし込むだけの決定打に欠けるところがポイント。こういう小さなダメを積み重ねるにつれ、自分でもどこかでなんとなく「あぁ、今日はそんな日かぁ」という諦めに似た予感めいたものが生まれ、いざ遭遇してしまってもあまりダメージはないものですね。むしろ、ラッキーな日とのバランスというか、帳尻会わせをしている気分。なにはともあれ大事に至らなくて良かったと思える、ちょっと余裕の心持ちです。
と、ここまで書いて終わりにしようと思っていたら途中で一度フリーズ。書き直し。う〜ん。
幸福の総量が決まっているのかどうかはわかりませんけど、どうか大きな谷はない方向でよろしくお願いします、雲の上の人。
050429
- 2005-04-29 (金)
- 01 戯言
巷ではとうとうゴールデンウィークに突入なのですね。
(この場合の「なのですね」は、恋人が殺されてしまった殺人事件の真犯人を捜し出してほしいと依頼された探偵が、検証を重ね、裏を探り、論理的な思考を積み上げた末、依頼主こそが犯人であるという真実に辿り着き、その真相を口にすることで依頼主による本当の復讐を果たすことになる、いわば探偵でさえも復習の為の一駒であると判明し、口にしたくはないが、しかし、口にせざるを得ない、そんな状況において探偵が放つ「貴女が殺したのですね」という一言が含み持った、言葉の重さや暗さなどは持ち合わせず、ただ単にゴールデンウィークって5月の3・4・5の三日間のことだと思っていた僕が、土日も含めこの一週間こそがゴールデンウィークであると最近知ったことにより、ふとその日を迎えてあらためて「あぁ、ゴールデンウィークなんだなぁ」と実感した事によるもので、ここまでが注釈ですが、長すぎてなんだかよくわかんなくなってるでしょう?)
お暇な方はこの土日、大阪港サントリーミュージアムへいらっしゃいませ。アートストリームやってます。きっと楽しいです。僕は出展ではなくお手伝いですけれども。
みなさん、楽しい休日を。よいお天気でありますように。
050428
- 2005-04-28 (木)
- 01 戯言
延べ8000人もの方々のお越し、誠にありがとうございます。
名刺が無くなってきたので、制作しようとここ最近ずーっと考えておりました。名刺に載せる情報といえば、職業や名前、住所、電話番号、メールアドレスに URLといったところです。が、しかし、そういった情報ってのは、もうメールで送ってしまう方がいろいろと面倒くさくなく、手っ取り早い。とすると、名刺で伝えるべき情報は、そういった諸々の個人情報よりも、その人のイメージや雰囲気のような抽象的な部分の方が効果的だと思うのです。もちろん情報も題字なのですけど。といったところでいろいろ素を変え、技を変えいろいろと試行錯誤を繰り返したところ、データの不具合であえなく座礁。いろいろな面を考慮して、結局現在のスタイルに落ち着きそうな気配です。好評だったんで、問題は全くないんだけど、どうせ作るなら一新したいなーというのも本音。作り手の自己満足でありましょうか。
050410
- 2005-04-10 (日)
- 01 戯言
まる3ヶ月ぶりに自動二輪を運転。距離にして15分程ですが(それは時間です)、ポカポカ陽気の中、空気の重たさと振動を身体で感じながら、スピードにのるのはとても心地よいのでした。思わず声が漏れるのもいたしかたないところ。たまにはエンジンも回転させてあげないと。自分のエンジンはまだなかなか回転数が上がりませんけれども。しかし、桜もチラホラ、春色チャイムも鳴り響いて、やっとこ春が来た気分です。
050329
- 2005-03-29 (火)
- 01 戯言
近所の街並をフラフラとブラついて、見つけたのは「御馳走」を食べた気分になれる小さな洋食屋さん。普段の食事よりはほんの少し値が張るが、しっかりとこだわりを口にすることができて、自分へのちょっとした御褒美に丁度よろしい感じでした。こういうアタリを見つけると、とてもうれしい。
050311
- 2005-03-11 (金)
- 01 戯言
ペダルを蹴るごとに景色はゆがみ流れ、そして大きなうねりになる。なまあたたかい空気に混ざって鼻孔をくすぐる草の青い匂いは、間近に迫る春の予告編。あと何度か雨のカーテンを引いたら、景色は桃色に染まり、新しいファイルには一つ増えた数字が記される。
自分が成長していくのを感じるのはとても楽しいことで、それが強く実感できるのは、総じてスタートして間もない頃だ。大なり小なりなにかを始めようと考えているなら、ぜひどうぞ。春の嵐が追い風になり、きっと遠く、高く飛べるだろう。目を開ければ空は高くていい感じだ。翼はそこにあるだろう。
050307
- 2005-03-07 (月)
- 01 戯言
無事生きてます。
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もうパソコンとのつきあいも長くなり、徐々に目が衰えを感じているようです。パーツを取りかえるというわけにもいかず、サポートグッズを手に入れるべく、メガネを探すことに。あれこれ歩き見て回りながら感じたことは、まぁ、メガネを掛けるとガラリと印象が変わるというのはいうまでもなく、メガネのデザインのちょっとした違いでも、それぞれイメージに差が出るということ。ほんの少しの丸みが入っているだけでやわらかいイメージになるかと思えば、フレームが若干細いのを選ぶと野暮ったくなったり。メガネ生活ビギナーの僕には、ちょっとしたサプライズなのでありました。かけてみて初めてわかる目の悪さ。視界の違いもまた、驚き。受け取りはまだですが、眼鏡をかけて人前に出るのには、なんとなく恥じらいがありますね。見かけた人はあたたかく迎えてあげてくださいませ。
050224
- 2005-02-24 (木)
- 01 戯言
暖房器具の中に住む小さな人たちは、どうやら現在おでかけ中のようです。外気と室温がほとんど変わらない、ボクの住処。たまに働いたと思ったら、すぐに余熱に切り替わります。やる気があるのか問いつめたい。他の暖房器具を調達すれば問題は解決するけど、それもなんだか癪に障る。ひとまず、指先を切った手袋と貼るカイロでしのいでいます。コンピュータの前で一日過ごすボクの生活は、なかなかにプリミティブ。目の前に人がいるのに、遠くの人と話す携帯電話の怪のようです。小さな人たちが帰ってくるときは、おそらく春をつれてくるのでしょう。役立たずなのかお手柄なのかは微妙なところ。
050220
- 2005-02-22 (火)
- 01 戯言
バイクで曲がるときには、車輪が向かう前輪の先を見るのではなく、自分の目的地に目を向けることが大切だと、昔教習所で教わった。最初はついつい、目先を見ようとしてしまうのだが、勇気を出して顔を上げ、行くべき場所を向きながら進むと、なるほど自然とそちらへ向かう。
ものの作り方や生き方もこれに似ているかもしれません。今、どこを向いているか。常に自覚は持っていたいものですね。
050217
- 2005-02-17 (木)
- 01 戯言
大なり小なり各方面から、制作物に関してありがたい賛辞のお言葉をいただきました。喜んでいただけるのが何よりなのですが、やはり褒められると嬉しいもの。「まいったなぁ、伸びちゃうよう」と浮かれていたりします。認めてもらうと、それはたしかな自信につながり、土台があやふやなボクには強い味方。しっかり次につながるべく、また精進していこうという所存です。
しかししかし、頭をフル回転させて作り出していくのは大変なもの。どこかでガス抜きは必要です。というわけで、今遊びのデザインに手を出してみています。先を考えず、行き当たりばったりで組み上げていく手法。遊んでみよう、暗中模索工法。うまく楽しめるかしら。
050130
- 2005-01-30 (日)
- 01 戯言
呼吸器系統は故障中。鼻は詰まり、未だかつてない程低く裏返る声に困惑しながらも、少し楽しみを覚えたりも。コミュニケーションはたしかにとりにくくもあるが、メールで事足りるこのご時世。不具合は特に感じませぬ。しかしながら、呼吸が苦しいと体力が削られるの、イタイところ。踏ん張りがききません。健康の礎は生活の規律かな。
050126
- 2005-01-26 (水)
- 01 戯言
初キンコーズ体験してきました。時間に追われ焦っていたけど、プリントアウトを席まで持ってきてくれるなど、なかなか不思議な体験。(前の人が使っていたと思われる)イラストレータのパレットの位置がバラバラで、とても扱いにくかったのが印象的(ボクは配置を固定しているのですけど、これだと無駄な動作が無くてとても作業がスムーズ)。おかげさまでお仕事は一段落です。
体調は現在少しばかり不調な兆し。寝込める程の余裕もないので、自愛しなくてはですが、「ブルータワー」登り始めてます。
050122
- 2005-01-22 (土)
- 01 戯言
一昨日のがんばりは、ちゃんと昨日に現れた。昨日ちょっとがんばった分は、しっかり今日に反映した。今日もたっぷりがんばった。対する評価もしっかりもらえれば、達成感でおなかいっぱい。身体は重いが心は軽い。このがんばりはきっと明日につながってるね。
050117
- 2005-01-17 (月)
- 01 戯言
難波までの距離、自転車で走破は約30分。「alphabet room」はHoney Pieさんそのままが出てるようで、とてもよかったよ。Gがすき。ポスターはとてもかっこよかったな。作品はものを通じて作者を見るのだな。と帰りにペダルを漕ぎながら。
BGMでかかってた(って自分で編集したけど)YMOのRYDEENにあらためて驚き。感服。ストイシズムはそういえば逆回転だったよなぁとか思いだしたり。30分って結構あっという間に過ぎる。そのわりには足が痛いのです。さて、アキハバラ@DEEP。
050113
- 2005-01-13 (木)
- 01 戯言
なんだかちょっと慌ただしいです。今月はいろいろと仕事が忙しそうな気配。
昨日のプレゼンテーションはとても好感触でした。がんばろっと。
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データの整理も含めてMacをコチコチ改装中。バルク品のHDを内蔵して懐を少し広げたら、なんだか気持ちがホッとした。GarageBandをやりたかったので、OSXを今更ながらにインストール。バージョンもあげて、さて、どうやって手に入れるべぇかといろいろ調べていたら、マシンのスペックの点で使用できないことが判明。無念。
基本的にボクはハイエンドよりもセコハンの方がグッと来る(お金がないのが一番の理由ですけど)ので、今のマシンも、もう一つのマシンも、前のマシンもセコハン。CPUなんて350Mhzしかないんだゼ。でも、別に不具合とか感じないのな。CDも本も中古が多いし、古着も好き。散々思案の末手に入れた ipodは、対応OSの面も考慮してやはり初代のセコハン。5GBだけれども、データをいろいろ入れてみたらまだ半分以上容量が残ってる。今売ってるのなんて少なくても20GBとかでしょ。そんなに容量増やして、みんな何に使ってんだろ?と少し疑問に思うなり。
と、とりとめもないことをダラダラと書いてみましたとさ。それにしてもさむい。
050103
- 2005-01-03 (月)
- 01 戯言
実家へ帰省して寄生してきました。携帯電話の電波もつながらず、おかげさまでのんびりゴロゴロ惰眠をむさぼり尽くしましたとさ。 寒中見舞いはバウハウスを模範に制作。「実りの年、出汁と海苔のみ」にしようかと思ったメッセージは、さすがにお先真っ暗な感じなので長い方を採用しました。回文です。
それでははりきって行きましょう。今年もよろしく。
041230
- 2004-12-30 (木)
- 01 戯言
本年の制作活動も無事終了。今年もいろんな物を作ったなぁと思う。バリエーションが随分と増えたし、視野も大きく広がった気がする。 基本的にインプットを絶やさないようにしようと心がけてはいたけれど、しっかりアウトプットすることも大切なことなのだという実感がありました。 インプットって吸収することに力がいっていて、実はあまり考えていない。逆に、本を読んでいても、話を聞いていても、 考えるときにはインプットを遮断している。という気がします。アウトプットは、考えるという行為を通り越してからでないと出てこない。 直結したものであり、自分の中でしっかり咀嚼していないと出力された物は、やはり消化不良の感があるもの。 重要なのは考えると行為なのだろうと思います。 継続的なインプットから良質のアウトプットへ。フィジカル・メンタル共に、活発な代謝活動が次のテーマです。ちょっとは運動とかもしよう。
残ってるのは見て見ぬ振りの大掃除と、除夜の鐘を聞きながらのレシート整理。それでは実家で栄養摂ってきます。
素敵な2004年を彩ってくれた、たくさんの人にありがとうの言葉を。
2005年もスマイリーな一年にしようなー。
041217
- 2004-12-17 (金)
- 01 戯言
憤慨しているのです。
年末の忙しい最中、見知らぬ番号から通電。受信してみれば、なにやら債務債権回収業者と名乗る輩が、未納になっている料金を払えとのこと。 明日の3時までに払わなければ裁判への手続きへと移行すると。そして、払うのかどうかの連絡を9時までにしてこいと。 この時点で残り1時間。腹が立ったので何度も同じ質問を繰り返し、向こうに無駄にしゃべらせることにしたのだが、話していく内にだんだん内容が違ってきてた。 個人情報が手に入っているというわりには名前は呼ばす、債権回収業者の名簿に会社名はないし、債権譲渡されたという連絡は来ていないし、そもそも請求自体が来ていない、 とアラがポロポロ。少し面白くなってきたけど、暇じゃないし、面倒臭くなってきたので払わない旨を伝えて会話終了。 むこうさんが言うには、どうやら取り立てにいらっしゃるらしく、その際の交通費や調査費なども払わされるようですのよ。さてさて、どうしようかね。
しかし、人を不安にさせて不当に搾取しようとする行為は許せるものではない。不景気の所為なのかなんなのか、こんなのが蔓延しているのが嘆かわしい。 お粗末すぎる。程度がしれてる。レベルが低い。人々の生活をより豊かにするために開発されてきた技術やアイデアが、こんなものに使われてしまっているのが、なんだか悔しいなぁと。 豊かさとはフィジカルではなくメンタルにこそあると思うのです。
041208
- 2004-12-08 (水)
- 01 戯言
スピードが速くなるにつれ視界は狭まり、八方目は困難になる。情報の入力に処理速度が追いつかず、映像の解像度は低い。 些末な部分を見逃したり、捉えきれずに通り過ぎてしまったり。危険を察知し、対策を練り、行動に移すまでのタイムラグを計算に入れておかないと命取りになることもある。
2004年も残り四週間弱。先生だけでなく、いろんなものが走り回ってますけど、まずは心の安全運転を。
041120
中にいてもむしろ孤高。不安定のコントラスト。立ち位置の地盤が基盤。アイデアの中をクロール。頭の中をスクロール。グラデーションコントロール。 息継ぎはできず容赦なく。ポジティブな前向きのスタンス。アクティブな足どりのダンス。ハイテンションメイクチャンス。気取ってみても縺れていく。 崇める。敬う。飲み込む。響く。近付く前に感じたい。伝えるすべがわからない。もがいていても進まない。日が落ちてまた明日に。
041117
- 2004-11-17 (水)
- 01 戯言
アートストリームでも配布していた「FOOLAHOOP-Novels-」を配布終了致しました。 配布場所は谷町六丁目の「ひなた」さん「savori」さん、谷町八丁目の「加奈泥庵」さんと、堀江の「Uz-Uz(pseudonym?)」さん「ART HOUSE」さん「dig me out Cafe」さん。 置いていただいてる店舗様方々に厚く御礼申し上げます。少部数なので、興味のある方はお早い目にどうぞ。
041114
- 2004-11-14 (日)
- 01 戯言
はぁ、今日はえらく寒いやねぇ。こんな日は熱燗でもいっぱいキュッとやりたいもんだ(※お酒は飲みません)。 亜紀ちゃんはぬるめがいいなんて言ってたけどさ(※知り合いではありません)、やっぱアツアツのやつが一番よ。肴はあぶったイカでも ヘビでも何でもいいけど。いや、ヘビはさすがにちょっとイヤか(※ちょっとではありません)。 ヘビだとちょっとヘビー?なんつって!いやいや、ホットなジョークよ(※明らかにホットではありません)。 おぉ、さむさむ。もう本気で冬だなぁ、こりゃ。さっさと暖まらナイト。夜だから、ナイト。わからなかった?(※わかりたくもありません) わははっ!(※面白くありません)おいおい、せめて笑って暖まれよう(※むしろサムイです)。じゃぁ、とっておきのやつを言ってやろうか?(※聞きたくありません) この上着みたいにあったまるやつよ(※ホントに聞きたくありません)。今日は寒そうだからさ、あったかいのを着てきたんだよ。 いいだろ?この上着。なっ、コーディネートはこうでねぇと!わはははっ!(※ボクが書いたのではありません)
041103
- 2004-11-03 (水)
- 01 戯言
ホントは来年の頭にしようと思ってたけど、サイトをデザイン替え。時期的に少し遅い衣替です。 前回のサイトデザインは、まず手始めとして、なるべく早く、なるべく楽にをモットーに制作したので、あまり見るところがない。 パーソナルな情報を持っている人たちが楽しめるだけのサイトとしてスタートしたのでした。
このサイトリニューアルには、[PRINT'EM]のOpend Terraceの方で、作品を掲載・販売して頂いているという背景があるのです。そこから来る人たちのことも考えて、少し間口を広くとりました。 1月からだと思っていたので、2ヶ月かけてコツコツ作ろうと思っていたけど、今月と来月に掲載していただけるとのこと。
急ピッチではありますが大枠でのデザイン変更が終了。ちょっとパニックになってます。これから内容をコツコツと増やしていきたいと思います。
今日はとても天気がよかったです、けど、ほとんど家の中でした。もったいないなぁ。
041029
- 2004-10-29 (金)
- 01 戯言
ボクの家にはテレビがないので、インターネットや新聞に頼るほかないのですが、救援物資がいっぱいいっぱいな様子。 全国からの行為が無駄にならないことを祈ります。募金パークの方も少々パニック状態のようです。 思いが全国各地からたくさん集まっています。微力ながら、ボクも告知を。「ドラえもん募金」<0990-53-5000 ※通話料130円が課金されのうち100円がテレビ朝日を通じて募金されます。 ※携帯電話・公衆電話不可>は、かけてみたけど、どうやらつながりにくくなっているようです。
インターネットからの募金もできるし、家にいながらでも、できることは結構あるもんだと感心。利便性は楽するためばかりでなく、 こういった思いをスムーズにアクションへつなげるために広げていってほしいと思います。
041028
- 2004-10-28 (木)
- 01 戯言
この寒さ。もう冬は到来でしょうか。さらに余震があった様子。大阪であった前の地震も怖かったもの。 新潟県中越地震被災地の方は寒さと恐怖に震えているのではないでしょうか。ボクは寒いのも怖いのもイヤです。
スグにできることといえばこれくらい。 コンビニなどでも災害義援金を送れるそうです。できることからやろうかと思います。災害被害に遭われた皆様にお見舞い申し上げます。一日も早い復興をお祈りしています。
041024
- 2004-10-24 (日)
- 01 戯言
すっかり寒さが板に付いてきた、この秋。今日も天気は良さそうです。
昨日に引き続きリバープレイス、73番ブースにてニシワキくんのお手伝い。 ボクの分担は仕掛けの部分がほとんどなので、そんなにすることはないけど。たくさんの方に楽しんでいただけるといいなぁ。 お時間ある方、ぜひぜひご来場くださいませ。
※めでたく無事終了致しました。ご来場頂いた皆様、ありがとうございました。 楽しんでいただけたなら幸いです。それから、貴重な体験を与えてくれたニシワキ氏に、あらためて感謝の意を。
041014
- 2004-10-14 (木)
- 01 戯言
すっかり寒くなりました。このまま坂を転げ落ちるように、寒さが増していくのでしょう。女心と秋の空。 なるべく雨は降らない方向でお願いします。バイク乗りにはきついです。そして、寝床が恋しいです。でも、空気は澄んで煙草は美味しいです。
041007
- 2004-10-07 (木)
- 01 戯言
道を尋ねられることが結構ある。今日もまた。
調達するモノがあったが、近くのスーパーで事足りるので、散歩がてら徒歩で。
道中、声をかけてきたのは、50歳弱と思われる男性。
「スイタはどっちですか?」
スイタって吹田?おいおい、ここは大阪市港区ですよ。
方向とかなりの距離があることを説明。どうやら歩いて向かうつもりらしい。
彼が言うには、東京からわざわざ大阪取材に来たらしい。
雑誌「ポパイ」の契約社員で海遊館を取材した後、太陽の塔取材で吹田へ向かうつもりが、取材班に置いてけぼり。 財布も携帯電話も持って行ってしまったとのこと。
しかし、歩いて向かうという選択はいかがなものか。
仕事であれば時間にも限りがあるだろうし、それなりに何か連絡する手段なりはあるはずだ。
怪しんでみれば、おかしいところはたくさん。
よれよれのシャツに色のあせたジーンズ。顔も薄汚く、ろくに風呂に入っていないのではあるまいか。
取材に来たのがこんな人だと、まず間違いなく好印象は抱かないだろうと思われる風貌。
どうにも怪しい。
しかし、ウソを付いているとしても、メリットがいまいち判らない。助けてくれとか言われたわけではないのだ。
実際言ってることが真実だとすると、歩く距離は相当なもので、想像するだにぞっとする。
スルッと関西のカードがあるのを思いだしたので、あげることにした。
残金570円也。
これで少しは距離を稼ぐ事ができるだろう。
突然降ってきた非日常に、なんだか気分は上向きに。
実害があったとしても煙草二箱分。人を助けたと思えば、いい気分になっただけ、こちらの方が得をしているようなもんだ。
おそらく担がれたのであろうとは思うが、騙す側になるよりはいいやと思った今日この頃。
さてさて、今頃彼はどうしているのであろうか。
040930
- 2004-09-30 (木)
- 01 戯言
「好きな色はね、オレンジ色。でも青が嫌いなワケじゃないよ。緑だって最近はよく使うようになったし。 ものを作る上で、僕はモノクロをベースに考えてそこから色を付けるという手法をよくとるんだ。その時、少しのスペースでも差し色として強く効果を発揮するのが暖色。 だから赤やピンク、オレンジなんかを使うことが多いね。ほら、教科書に赤ペンで線を入れたりとかさ、あるじゃん。習字の朱とかさ。そんな感じ。 オレンジ色が好きってのは、昔からじゃないよ。ある日に『よし、好きな色はオレンジにしよう』って決めた。顕在化っていうの? なんとなく好きだったのを、はっきりさせたんだ。なんでかって?うん。たぶん、契機のひとつはiMacを買ったことじゃないかな。 発売から少し遅れて、中古で手に入れたタンジェリンのマッキントッシュ。周辺機器も影響を受けて、カラーバリエーションが続々増えていってたよね。やっぱあわせようとするじゃん。オレンジのヤツばっか捜してた。意外にないんだよね、これが。それに印刷技術の向上もあいまって、 その頃からだんだんとオレンジの発色が美しくなってきた気がする。昔はもっと沈んだオレンジしかお目にかかれなかったと思うもん。 それから、自分の指針としての色の採用。コーポレートカラーみたいに、自分にもひとつ指針となる色を決めようって思ったんだよ。 情熱・衝動の赤と、幼さ・子供らしさの黄色を混ぜ合わせたのがオレンジ。個人的な解釈だけどさ、これを指針に据えると、考え方に軸ができたみたいで、すっと動きやすくなった。 それに、ものを選ぶときに、あんまり迷わなくなった。だって、オレンジがあればすぐそっちに目がいっちゃうしね。なくても近い色に目が行くもの。 なにかモノをもらうときも、オレンジ色が断然増えた気がする。あげる方も好きなものがわかってるとあげやすいんだろうね。 ま、好きな色なんか決める必要ないし、理由も別にいらないんだろうけどさ。でもちょっと気になるよね。ね、君はなんでその色が好きなの?」
040926
- 2004-09-26 (日)
- 01 戯言

残念なことにIndianaCafeは活動休止。
楽しい日々を頂いた恩返しにと、3人でのラストライブへ。ステージの三人はやっぱりかっこよかった。もったいないなぁ、さみしいなぁと思うものの、好きなバンドが1つから3つに増えるかもしれないと考えれば、これからが楽しくなります。メンバーもそういう考えで休止を決定したのだろうし、美徳は存続だけではないはず。これからの3人の活動を楽しみにしています。
前から企画に上っていたグッズのTシャツを実際に制作して、3人へのプレゼント。3人が着て演奏してる姿が見れて幸せでした。 楽屋にも入れてもらっちゃって、サインもしっかり頂きました。ありがとう。おつかれさま。またね。
040918
040912
- 2004-09-12 (日)
- 01 戯言
職人肌に憧れます。一つの事に対して脇目もふらずに没頭できる集中力。
価値観を外に求めず自分の中にある基準値をクリアすることで初めて満足するストイック。
多くは語らずに必要な部分だけで人と関わる孤高の人。
人物像に多少の偏見はあるけれど、そういうの、格好いいなぁと思うのです。
爬虫類もどこかそういった超然とした雰囲気を持っている気がします。飽き性のぼくにゃ、なかなか。
そんなわけで、飽き性のボクが飽きないように、時々フォーマットを変えた隠しページやらがこのサイトのどこかに現れたりすることもあります。
閲覧者には優しくないけど、「?」と感じたときは探してみてくださいませ。
040826
- 2004-08-26 (木)
- 01 戯言
いろいろ心配事もあるが、「なるようになるんじゃないか」で今まで生きてきた。
なるようになるもんだとは思う。
しかしながら、「なるようにしかならない」とは思わないようにしたい。
040821
お天気で笑顔で越境。
仮眠だけとれれば満足。
安藤な睡蓮に巡礼。
グリーンで叩いても鮮麗。
端々で捕まる渋滞。
聞こえない魅惑の銃声。
神戸までライブに遠足。
お近くで演奏満喫。
お電話で仕事を計画。
夜通しで箱形制作。
壊れてく珈琲の受難。
醒めないで目覚めの瞬間。
訪れる起床の時間。
急速で高まる予感。
休日の前には諦観。
やってみるギャップに減速。
少しだけ加える十則。
指摘される箇所への補足。
巡り会う懐古の鮮麗。
乙女座に驚きの進呈。
傾けるグラスには沈殿。
交わされる笑顔に順礼。
見届ける喜色の音符を。
そこにある孤独も梱包。
あまりある 点と点 紡いだら 線まで漕ぎ着け、
時間との 紡績で 現れる 繰り返される日常。続けよう。
040730
- 2004-07-30 (金)
- 01 戯言
たかが布一枚。なのに、服を着てないとなんであんなに不安感が増すのだろうか。
今日も一日おつかれさま。
衣類と共に脱ぎ捨てることが出来るのなら良いのだがそうもいかず、溜まった疲労を洗い流すべく、湯殿へと赴く。
幾つもの穴から噴き出す水流にしばし身を委ね朦朧としていると、突然にドアを叩き、開けようとしている音がする。
驚いて蛇口をひねり、耳を澄ますと特に何の音もしない。
思い直してまた蛇口をひねり、今度は髪に洗髪料をなすりつけグワシグワシと頭をこねる。無心でこねているとまた、ドアを叩くような開けるような音がする。
もしも、ここから玄関口を覗いて見て見知らぬ人がいたら。
そう思うと大層不安になる。
湯を止めしばしそのまま、まんじりともせず耳を澄ますと音が止む。
思い切ってそっと覗いて見れば、そこには誰もいない。
ドアの外でもないようだ。
ホッとして束の間ふと思い当たった。風の仕業である。
これが湯殿でなければそんなに不安にもならなかったであろう。
たかが布一枚。
されどその境界は大きいように思う。
ボクの家にはテレビがないので、あなたの方が詳しいかと思うが、台風が来ているようです。
突風で飛ばされぬよう、飛ばされたなら着地を失敗なさらぬようご用心を。
でも、台風ってなんかワクワクするね。
040719
- 2004-07-19 (月)
- 01 戯言
この三連休は三都物語です。
土曜日は神戸でロックフェスティバル。IndianaCafeのストリートライブを満喫してきました。
たしかに暑かったがライブは熱い。
お昼から夜九時まで四回公演でノリノリでした。やっぱりかっこええですねー。
IndianaCafeのみなさまおつかれさま! 素晴らしい演奏をありがとうございます。神戸にお寄りの際は皆さんも是非。
日曜日は京都へ。ニシワキ氏が作品を置く予定のまほらさんへ。
町屋づくりの素敵な雰囲気で、ちょっと住んでみたいと思いました。坪庭がいいですね。
その後、鴨川でカキノ氏が部長を務めるハンコ部の夕涼み会へおじゃましました。
雨が降ったり止んだりで、夕涼みかどうかはビミョーなとこでしたが、久しぶりに花火をパチパチ。存分に楽しませていただきました。
おかげさまで今年も無事に誕生した日を迎えることが出来ました。
ハンコ部の皆さんにはプレゼントまでいただきまして、ありがとうございました。
他にも様々な方からお祝いの言葉をいただきました。
日頃好き勝手に生きていられるのは、そこにいるみんなのおかげです。
みんなみんなありがとう。みんなみんな愛してます。
さて、月曜日は大阪です。といっても部屋にいれば大阪ですから。
これにて三都物語完結!みんな良い連休過ごせましたかな?
040716
- 2004-07-16 (金)
- 01 戯言
長年愛用していたサングラスが逝ってしまわれた。
おばぁちゃんがしてるみたいな、わりかしおっきなヤツで、ずいぶんとお気に入りの彼でした。
もうかれこれ4〜5年のおつきあい。
これから夏本番ってとき(っていうか、もうすでに本番入っちゃってますよね)に、 彼はお空の向こうへ旅立ったのです。
彼との間にはたくさんの思い出があふれていて、僕の歴史に、たしかにその姿を刻んでいるのでした。
たしかに彼は安かった。
つぶしが利く値段ではあった。
けれども、お金の価値とそのモノの価値は、必ずしも比例するものではないのです。
僕のお出かけとセットになっていた彼が姿を変えてしまったといえど、おいそれとゴミ箱へは向かわせたくありません。
これからは一緒にお出かけするのではなく、部屋でおかえりを言ってくれるルームメイトとして、一緒に過ごそうかと思います。ゆっくりお休みくださいね。
明日からはジュニアが僕のお出かけのパートナーです。
カタチ、おんなじ。
もしもの時のために同じカタチのを手に入れておいたのでした。
「安い」っていいよね。また探しとこっと。
040713
- 2004-07-13 (火)
- 01 戯言
新しい人との出会いというのは、少なからず緊張を強いられるものであり、生来人間との対峙が苦手な部類に入る僕は、ことさら緊張するわけで、 それが仕事がらみであったりすればなおさらひどくて、面接する前のように心臓の鼓動が早くなるが、その人と打ち解け気を許せることがわかるとその安堵感は絶大で、 もう愛情に近い親近感までわいてしまったりするのだが、やはり邂逅を終えた後は精神的に疲れているわけで、帰り道にまた違う道を通って帰ったりしてしまう傾向があって、 今日は行き止まりとはわかっていながら寄り道してみたら、この前通ったと思われる大きな橋を発見したので、見ながら少し頭を整理しようかなとも思ったのだが、 そこはどうやら工場のようで入ってはいけない区域らしく、コソコソ隠れて激写してからまた家に向かうのですが、さらに廃工場なども発見し、 新しい人や場所との出会いに感謝しながら帰宅して、これからまたお仕事です。
さぁ、ひといきでどうぞ。
040710
- 2004-07-10 (土)
- 01 戯言
ルーティンが苦痛と言うよりは、王道が苦手。
終電に間に合わなければタクシーに乗るなり、友達に迎えを頼むなり、朝までどこかで時間を潰すなりしそうなもんですが、今日は心斎橋から家までテクテク歩いて帰りました。
お酒も少し入ってるし、 お気に入りをヘッドフォンで聴きながら酔い覚まし。
雨上がりのせいか今日は比較的涼しい。鼻歌を抑えつつ長堀通りを西へ。
少しカバンが重いんだけどテンションは高め。スイスイ抜いてく自転車たち。
夜でも結構人通りがあるなぁ。と思いきや、九条に入ったとこらへんから、一気に人通りゼロへ。
川沿いの暗い道や路地裏、脇道。裏道ばかりをテクテク歩いて大阪ドーム。
中を突っ切っていくと青春ロードと勝手に名付けた、大正区と港区を分かつ川沿いのさみしい道に入る。ヘッドフォンを外してみると、波の音がほんのり聞こえるのでした。
小さな鼻声も驚くほど大きく聞こえる閑静な夜道。時折通りすぎる車のライトはやけにまぶしかった。
そこを抜けるとあとは、買い物なんかでよく通る道。
知ってる道へ出ると急に足が重くなる。
裏道ばかり歩くのは、知らない景色が面白いからかな。
心斎橋から朝潮橋まで、徒歩約一時間半。
距離はよくわからんが、日頃運動不足のボクの身体にゃ、いい運動になったでしょう。
写真は家の間近のみなと通り。
もっと別のとこの写真撮ればよかった。
さすがに足がいてぇ。
040706
- 2004-07-06 (火)
- 01 戯言
星はあまり見えなかった。
夜の海は
黒い空との境界線が曖昧で、
波の音と波止場の電飾は呼吸をしているやうで、
恐ろしい。
半刻ほども波を見ていると、
急に後ろから誰かが現れ
突き落とされそうな気持ちがする。
はたまた、波をかき分けて
何かが
突然浮上してきそうな気持ちもする。
それがまた恐ろしい。
肌を撫でていく空気は湿り気を帯びて、
まとわりついて少し肌寒い。
大きな畏怖と出会うことで、
己の矮小さを思い知る。
大きなうねりはなくとも、
飲み込まれればひとたまりもないだらう。
泳いでも泳いでも
岸は近付く気配がなく、
やがては
私の上にさらに波が覆い被さってくるのだらう。
それでも
ひたすらもがき続ける理由は
どこにあるのだらうか。
わからないからこそ、
もがき続ける、
のであろうか。
息が苦しいのかもしれぬ。
暗い海は視界をふさぎ、
己がどこにいるのかをわからなくさせる。
手足は疲れて動きたくないと言う。
それでも
もがき続けてみようかと思ふ。
波の上に顔を出せたときは、
きっと星がたくさん見えるのだらう。
040702
- 2004-07-02 (金)
- 01 戯言
信号機が“止まる”というのは、たぶん“点灯”しているからだと思う。
一日に標準で3度も食事をするのが面倒くさい。 夏だからかなんなのか。
こう書くと、たまにここを読む父母からおしかりの電話が来そうですが、ちゃんと食べとりますよー。バテるしね。
あと夜中に何度も目が覚める。暑くて。
冷房つけっぱなしはよくないが、ドアを開けないと風が通らない部屋の構造。開けっ放しは物騒でかえって眠れません。
姑獲鳥の夏(京極堂シリーズはこれで3周目)はもうそろそろ読み終わるが、夏はこれからだ。
040701
- 2004-07-01 (木)
- 01 戯言
飲食店にまず最初に課せられる、そして最も重要な課題は、栄養をしっかりとらせることでもなく、美味しいものを提供することでもなく、“お客様を安全に帰す”ことである。
例えば信号機に一つだけしかライトをつけることが出来なかったとする。その場合、青をつけるというのが安全側のデザインであると言える。
もし停電や震災などの事故でライトが消えてしまった場合には“止まれ”の意味になるからだ、と。
外食しておなかこわしたとか、信号機が止まってた(なんで止まってたっていうのかな?)とか、そんなんじゃないんです。
明日は打ち合わせ。 私服でもかまわない気もするが、安全側のデザインでスーツにします。
あっという間にもう7月。暑そーだ。
040627
金曜日は北堀江であったIndianaCafeのライブへ。
仕事の都合で無理かなと思っていたものの、なんとか2曲目の終盤には間に合いました。
自然と身体が動く感じで、不思議。
ヒトを引きずり込む(言葉が悪いかな?)力を持ってるのはすごいことやなーと、あらためて思いました。ファンでよかったと。
少し談笑も出来たし、まったくもって、行って損はなかったな。また月曜日に、今度はIndianaCafeのホームグランド、神戸へ!
本日27日はボクが前の会社に入ってから、仲良くしていただいているユミコ嬢のバースデー。
あらためて、お誕生日おめでとうございます。
土曜日にYMK-BPと冠して、イベント仕立てでバースデーパーチーを開催。
楽しい時間ほどスグに過ぎるもので、あっという間にお開きに。
好きな人たちとの楽しいひとときというのは、すごく元気をもらえるものだなぁと思いました。
ユミコ嬢にも喜んでもらえたようで何よりです。
梅雨の空気がボクのヒザを襲って、ここ三日ほど痛い。
寝苦しい夜が続きますが、みなさま是非ご自愛を。
040622
- 2004-06-22 (火)
- 01 戯言
奈良に行ってきました。
鹿と戯れたかったけど、あまり時間はナシ。
鹿せんべい上げてる人に群がる鹿達の中に紛れるくらいが精一杯でした。
狂言会の半ばスタッフというかモロスタッフでした。
かなりヘビー。
その理由はスタッフが少ないこともあったのですが、 お客さんの数が前回のほぼ倍。
ボクは前回は知りませんが、見込みよりも多かったようです。
お客さんが増えたのはチラシ(今回制作させていただいたのでした)の効果だと、 お褒めの言葉をいただきました。
実際、お客さんの評判もよかったようで、前評判から結構入りそうとは聞いていたのですが、興福寺の本坊にギュウギュウ詰めでした。
和服の方も何人かいらっしゃってたし、暑かったのではないかなぁ。
しかし、こうやって自分が関わったものの成果が感じられる経験というのは貴重なものだなぁと感じました。
もちろん、チラシだけでお客さんが倍になったわけではないでしょうがね、やったゼッ!てな気分でした。
カウンターがもう1000をまわりました。お越しになってくださってるみなさまありがとう。
なんだかえらくあわただしいのですが、コケない様に上手く走ります。
040619
- 2004-06-19 (土)
- 01 戯言
朝起きて、アレ(案件)にはアレ(遊休資源)が使えるんちゃうかなぁ。ってことはアレ(デザインリソース)でいけばアレ(デザインモチーフ)になるな。 じゃ、アレ(プロット)っぽくいけるなぁ。
と、コーヒー煎れながらぼんやり想像に浸るこの頃。
しっかり創造につながっているかはおいといて、ちょっとおかしいよなー。
さて、今日は奈良の興福寺で狂言見てきます。半ばスタッフなのですが。
前にプレゼンしたパンフレットの話も出てくるかな。
しっかり仕事として成り立てばいいけど、 どうもボクはサービスしすぎの感があるので、いつもお金にならずに終わってしまうのなー。
今回はパチッと線引きしてこようと思います。
ビジネスって難しいよね。けっこう苦手です。
040616
- 2004-06-16 (水)
- 01 戯言
あれこれしている間に、もう一週間も過ぎてしまいました。
Indianaの面々ともいろいろお話ししてきたし、ART HOUSEでのボトル展も満喫してきたし、あたらしい自分の活動の挑戦もしてみたし、なかなかハードに動いてるなぁというこの頃。
新しい活動自体は先送りになりそうですけど。
本日は、週に三日ほど働きに出ている会社の取引先との戦略会議で、南港のハイアット・リージェンシーホテルの最上階に昇って来ました。
会議の内容も面白く、なるほど、うんうんとうなずきながらも、最上階からの展望に、目を奪われておりました。
あまり格式あるところや 、高級感漂うところは、しゃっちょこばっちゃって苦手なんですが、そういう場所に自然となじめるようにもなりたいなと。
結局は場数の違いなのかな?
帰りは海を見て少しぼんやり。
家までテクテク歩こうと思ったら、かなりの遠回りを強いられることがわかったので、大阪港まで電車に乗って、そこから歩いて帰りました。
空気の粘度が高い感じ。梅雨のせいかな。
040606
- 2004-06-06 (日)
- 01 戯言
三択会議の共同製作は結局朝方までかかりましたが、ちゃんとお昼前には起きた(ちゃんと?)ので、今日も何とか人間的な一日を過ごせました。
踏ん張りはききませんでしたが。
資材を準備してたTシャツの制作やらほか、諸々の制作物の詰め作業もすんでほっと一息。
今月はどうやらなかなか忙しい模様。
でも、地に足着いてない僕は、ちょっと忙しくしてる方が生きてる実感があっていいみたいです。
実家にも 返ろうかなと 思いつつ
足を運べぬ 雨降りのサンディ(字余り)
040604
- 2004-06-04 (金)
- 01 戯言
夕食がてら近くの公園の小高い丘へ登ってきた。
ほとんど自然とふれあわない生活をしているので、草の匂いもたまにはええもんだなぁと。
一人夜景を前にして佇んでると、 どこからか中学生男子と思われる三人組が現れた。
わざわざ丘の上まで登ってきて、携帯電話の自慢大会してた。
所有物は、ステータスにはほとんどなり得ないと思われる。
ステータスを手に入れようとするのは、常にステータスのない人なのだ。
ブランド品に振り回される人が滑稽に見えるのも同じ理屈ではあるまいか。
しかし、せっかくの静かなひとときが台無しだ。別にそんな近くで話さんでもなー。
蚊にもさされた様子。
今週もみなさん、おつかれさまでした。
040602
- 2004-06-02 (水)
- 01 戯言
結局僕が選んだのは、画素数でもなく、TVが見れるでもなく、色とカタチでしたとさ。
デザインが付加価値から、商品の本質として位置づけられる物が多くなってきた気がする。
が、やはり"意匠"としてのデザインが圧倒的多数で"設計"に近い部分でのデザインは、なかなか表にでてこないなぁ。
いや、騒がれないだけかもしれないけども。
赤ののっぺりした携帯電話は、なかなか愛らしいです。
あ、あと値段もかなり考慮しました。
ポイントだけで交換してきたのでした。
もう6月。
040528
- 2004-05-28 (金)
- 01 戯言
やっぱり夜に現実逃避。
突然お風呂場で髪を切りはじめ、あれよあれよという間に床が髪の毛で真っ黒に。
今日は会議とプレゼンのダブルヘッダで、もうヘロヘロですが、現実逃避は影響せず、プレゼンはなかなかの好感触でございました。
髪の毛はビミョーに右側が長いです。
040527
- 2004-05-27 (木)
- 01 戯言
ホントはこんなコトしてちゃいけないのに、更新なんぞしてみたり。
アタマではわかっていながら現実逃避中。
ここ何年もゲームなんぞしていないのに、ドラクエとかしたくなるな。
魔王を倒す勢いで、これからサンプル製作に向かいます。
その前に宿屋で寝たい。
040520
- 2004-05-20 (木)
- 01 戯言
選択するという行為はつまり、他候補を排除するということと同義である。
様々な角度から検討し、逡巡し、妥協して他の可能性を諦める。
選択肢が多いほど検討項目は多くなり、
新たな可能性を発見してしまうことでさらに絞り込むことが困難になる。
物質の豊かさが飽和状態に近い昨今、人は諦めることに打たれ強くなっているのかもしれない。
などと難しく書いてみましたが、実は携帯電話を機種変更しようかどうかで検討中。
今の機種はこのあいだから、時間がたまにしか変わらないという機能が搭載されています。
040518
- 2004-05-18 (火)
- 01 戯言
はじめまして、こんばんは。
血行がよくなってふと思ったわけですが、毎日チェックして、毎日ではないにしろこうやって更新作業をしているここに、今、初めて訪れてきてくれた方がいるのかもしれないなぁと。
挨拶ぐらいはしなきゃなぁ。
僕のまったく知らない人がこれを読んでいるのかもしれないと思うとワクワクしますね。
いろんな所を渡り歩いて、辿り着いたあなたはどんな方なのでしょうか?
こんな拙いサイトで足を止めてくれてありがとう。
それからいつも来てくださってる方、たまにのぞいてくださる方、どうもありがとう。
ひとりぼっちじゃないと思えるだけで、少しは元気になれます。
そんな書き出しの今日は、少しおつかれの様子。
BGMはアンビエント音楽でユラユラ。
世界中の様々なジャンルの音楽が、ボタンをポチッと押すだけで聴ける。
インターネットの恩恵を受けております。
ありがたや、ありがたや。
040513
- 2004-05-13 (木)
- 01 戯言
気付けばもう次の日になってました。昨日もそんなんやったなぁ。
フォームからのメールがなかなか不安定。
送ってもらっててもこちらに届いていないのが何通か。
お返事来ないぞって時はその所為だと思ってくださいな。たまにログで確認しますが。
てなわけでお返事送ってませんでした。シェフ、ごめん!今日気付いた!ありがとね。
ねて起きたら小包が届いた。
先月のシフト抽選プレゼントだったDIESELのプロモーションDVDが当選!
パッケージがとてもかっこよくて応募したのだが、開けてみるとやっぱり秀逸。
中のDVDにはまったく期待してなかったのに、企業色がほとんどなくて、純粋に楽しめる感じでした。
BGM(VisualだからBGVか)にでもできそうな、ステキな映像でございました。
ロゴがたくさん出てきて楽しかったよ。
プレゼント出してみるもんですな。
思ったよりも来てくれている人がいらっしゃるようで。
訪問してくれた方、ブックマークしてくださってる方、リンク貼ってくれているみなさま、ありがとうございます。
これからもよろしく。
040512
- 2004-05-12 (水)
- 01 戯言
あまりの天気の良さにクラクラ。お散歩がてら近くの大きな公園でランチ。草のにおいが鼻をくすぐって気持ちよかった。
日頃どれだけお天道さんとお会いしていないかが偲ばれますなぁ。
モリモリ改装中。重いです。
すまんね。懐かしいのとかあってちょっと面白い。
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