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2008 09 30
時は過ぎるものでなく やってくるものである
何かのアドバイスを求められる時、
何かの問題に対する答えを模索している時、
何かの筋道を構築している時、
何かのストーリーを思い浮かべている時、
何かについての話をしている時、
誰かと時を同じくしている時。
なんてことはない日常の一コマ一コマ、
全てのことはクリエイティブであると思う。
創造するにあたっては、
人それぞれ千差万別十人十色いろんなやり方があるはずで
方法論に関しては、その人にあったもので基本的に問題がない。
(様式美というものもありますけれど)
しかしながら、創造の向かう方向は
そんなに差がないのではないかな、と思う。
効率を重視したり、損得を計りにかけたり、
いろんな知識を身につけるにつれて、
つまり、大人になるにつれて、
だんだんとゴールが複雑化して行く傾向があるように思うが、
行き詰まった際、まわり回って出てくる命題は
「 ど う し た い か 」
に行き当たる。
主語が自分であったり、他人であったりはするけれど、
前に進まなくなった時、この原点に立ち返ると
物事が流れ出すことが多い。
「どうしたいか」には夢があり、希望がある。
意志とは前へのベクトルだ。
不定形の未来が持つ推進力というものには
計り知れない力があるものだと思う。
理想のカタチに向かっていく姿は
迷いなく、思い切りがよく、揺るぎない。
実際、見ていてとても気持ちの良いものだと思う。
無駄を省いたシェイプは美しい。
それは、強さにも似たものへのあこがれに近いのだろう。
シンプル・イズ・ベストの概念は、
これに近いものがあると思う。
時は過ぎるものでなく やってくるものである。
今までを分析して取り入れるのは大切だ。
が、それも未来への指針でしかない。
どうせ戻ることはできないのだ。
悔いても過去の形は変えられない。
足を止めても、目をつむっても
時はやってくる。
これからやってくる不定形の未来に
どのような形をもたらすのかは、
自分が決めるのである。
その点に関しては、
皆平等なのではないだろうか。
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