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2008 07 04

内側の迷路

内側の迷路


あるビジュアルの連続や反復,集合は
ある種の圧迫感を生み、
イメージを強調させる効果を持つ。
無機的でどこか不自然な調和をもたらす。

駅の屋根の内側に見た
ビジュアルイメージの源泉。

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2007 11 13

071113

土曜日と月曜日、交差点での結構大きめな事故を目撃した。
年の瀬と呼ぶにはまだ早いこの時期に、何を急いでいるのだろう。
被害がどれほどのものかは確認できなかったけれど、マイナスのベクトルを持った出来事には変わりないと思う。
ボクが当事者になれば、おそらくバイクだろうと思うので、躰が外気に触れている分、被害は大きいと予想される。
自分以外の要因で事故に遭遇することもあるし、あらためて気をつけようと思う。
自分が事故に遭うのはもちろんイヤだが、友人・知人が事故に遭うのもとてもイヤだ。とても悲しい。だから、みんなも気をつけて。

道路の法則 其の壱
「フライング・ディレイの法則」
信号待ち。前方がまだ赤なのに、待ちきれないのかジリジリと少しずつ進み出す車は、一刻も早く前に進みたいという衝動を抱えているようにも見えるが、青になってもスタートするのが遅い。

道路の法則 其の弐
「フェード・アウト・ゼブラの法則」
横断歩道を渡っている際に信号が点滅すると、渡りきろうと小走りになるものの、渡りきる少し手前、白と黒のシマシマ2本分くらいのところでノーマルな速度に戻る。家に辿り着くまでが遠足なのだぞと。

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2007 08 01

070801

キミは格好をつけているか?
コーヒーのカップを取るとき。
ほどけた靴ひもを結ぶとき。
キミは格好をつけているか?
シャツに腕を通すとき。
ガムを包み紙から取り出すとき。
キミは格好をつけているか?
A4のコピー用紙を補給するとき。
あたらしいCDを取り出すとき。
キミは格好をつけているか?
人目を気にするとかしないとか、
そんなことはどうでもよくって、
自分の一挙手一投足に
あまりに無自覚になっていないか。
なっているかどうかさえも無自覚。
無自覚だから悪いわけじゃないが、
自覚している人の所作には
時々、目を見張るものがある。
美しさには、人の意思が盛り込まれている。
それが綺麗との差違ではないか。

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2007 07 24

070724

空が茜色に変わる一時間ほど前、煙草に火をつけに屋外へ出た。
太陽の日差しは思っていたよりもきつく刺し、街路樹や電柱のコントラストが強い。アウトラインがはっきりしたペン画のようなパノラマである。何となくグズグズとしていた昨日までの空模様とはと打って変わり、夏だなぁと強く感じる。梅雨はもう明けたのだろうか。
梅雨は、入りも明けも宣言するのに対して、なぜ、春も夏も秋も冬も宣言しないのだろう?そもそも宣言する意味は、あまり見いだせないが。

最近は、油性のボールペンを使っている。
生きてきた人生の半分ほど昔のそれは、もっとインクの色が紫色に近くて、書き始めるときのインクだまりもひどく、使うたびに腹立たしかったと記憶している。
水性ゲルインクが出てからは、専らそちらを使用していたのだが、いかんせん、インクの出が良すぎて、すぐに書けなくなってしまう。それでも、滑るように書けるのは魅力的であった。
なんの拍子か油性のボールペンを使う機会に遭遇し、やむなく使用してみたところ、存外使用感が快かった。
滑りはよく、インクだまりもない。素早くペンを動かしたときのかすれもなく、減りも抑えられて長生きだ。
流体力学などの分野で大きな発展があったのだろうか。
小さいことながら、技術の進歩を感じる。

お祝いの言葉やカタチをたくさんいただいて、先日、晴れて三十路の大台に乗った。
20歳になるときは、大きな節目としてのセレモニィがあるが、30歳は特にない。それは10歳も同じで、なんとなく淡々と代が変わったように感じる。取り立てて大きな心境の変化もない。
30歳になるなんて想像もしていなかった。というのは言い過ぎだろうか。
60歳や70歳など、俗に言う第二の人生のようなものを夢想することはよくあった気がするが、具体的に30歳を想像することは、あまりなかった気がする。
いつまで生きるのかわからないので、人生の折り返しがどこなのかはわからないが、なるべく自分のペースに支配されず、他人のペースに囚われず、臨機応変、泰然自若、適度にその時その場を楽しみつつ生きていたいと思う。
多謝フォー関係者各位。

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2007 05 13

070513

今年に入ってからはじまった、自分にとって比重の大きなプロジェクト。ひとつは先週に一段落、もうひとつは昨日に、幕を閉じた。
経験値がないというのはあたりをつけられず、読みはどうしても甘くなる。どうなることかという心配が多々あったわけで、現場での臨機応変な対応を求められる部分もあり、大変不安ではあったのだけれど、どうやら良い具合に着地した様子である。笑顔をたくさん見ることができて良かった。
近しい人への情愛や、そこへ向けられる幾多の思いをどう持ち寄ってもらうのか。時間や場所、関係性など制約はたくさん出てくる中、より「っぽい」感じで笑顔を増やせるのか。大変ではあったけれど、またおもしろくもあった。
自分のためだったらここまでできなかっただろう。これでしばらくは寝付けないことも、飛び起きることもなくなるのではないか。
場の空気を読む能力というのは、バランス感覚に近いものがあると感じた。広い視点が必要だなぁと思う。

それから、「何か手伝うことない?」「全然まかせて!」「何でも言って」「これしようか?」「楽しむだけでごめん」「おつかれさま」「ありがとう」「ゆっくり休んで」そういった数々の助力やねぎらいの言葉、温情が心に沁みた次第であります。たくさんの人に不義理を重ねて申し訳ない心持ちもあるけれど、慶事に免じご寛恕いただければありがたいです。
「たのしかった!」この一言がやはり一番報われた。
お二人には、あらためておめでとうの言葉を。
ご出席いただいた方々には、あらためてありがとうの言葉を。

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2007 01 14

070114

その場合はこうする方が…。
ケースに応じて…。
こういったケースは?
そんな結果が出てきたときは…。
「想定」にはそういった計算が含まれる。物事を多角的に見て浮き彫りにし、そのひとつひとつに対して、的確な対処法を考えるのはとても大事なことだ。行き当たりばったり(あらためてすごい言葉だな)は、うまくいけば結果オーライ問題ナシでも、なにぶん無駄が多い。課程を楽しんだり、それを事例として後に役立てるなら、失敗でも成功ということになるけれど。
それに対し、「想像」には、そういった左脳的なものよりも、願いや望み、憂い、脅えといった右脳的なファクタが多分に含まれる。願い、望みといった正の想いは、目標へと向かう足どりを軽くする力があると思うのだ。
夢は想うものでなく叶えるものだという至言。夢が具体的であればあるほど、その道のりのアウトラインも強く浮かび上がり、実現により近付くのだ。

望すれば叶う。
想すれば叶う。
想する像のコントラストが
叶えるために注ぐガソリン。
バーン・イマジン・ドリーミン。
さぁ、アクセルを踏み込んで。
キミが叶える夢はなんだろうか。

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