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05 私信 Archive
今のうちに
- 2009-05-09 (土)
- 05 私信
情報は手に入れられるものの、すべてが初めての体験になるわけで、これから、数々の出来事でたくさん悩んだり迷ったりすることになるはずである。
今のうちに、自分のスタンスというか、今の考えを記しておこうと思う。
時と体験とともに少しずつ変わっていくだろうとは思うが、今後のケーススタディになるのではないかと思う。
池と鯉。
これが自分の思い描く、家族のひとつの関係性だ。
自分は池であればいいと思っている。つれあいと子供が鯉である。
池はまず大地にどっしりと根を張ることが大事である。池の中では自由に泳いでいてほしいと思う。ただ、外に出てしまうと命の危険がある訳で、はからずも出てしまわないように、危険そうな部分には柵を施すなどして、池の方で注意して管理していくべきかと思う。
水温や水質、水の流れや広さなどは、やはり鯉に影響を与えていくだろう。絶対的ではあるものの、当たり前のような自然な形で共存していくものである。なるべく、元気に泳げるように環境を整えたいと思うし、今はまだ小さくても、やがては広く、面白みのあるように構えていければいいなと思う。いろんな人が覗き込めるような場所も作りたいと思うし、水草やオブジェなどでいろんな面のある形ができればいいなと思う。
いつか、別の池に移ることがあっても、その水になじめるように、あまりがっちり管理しすぎた池ではなく、暑いときには暑く、寒いときには冷たく、命の危険がないレベルで様々な泳ぎ方が体験できる池であればいいと思う。
水がひからびてしまわないように、濁ってしまわないように、気をつけながら、鯉の模様や成長をちゃぷちゃぷと見守ることができればいい。
育児と教育。
育児なんて、大層なことはあまり考えていない。教育もしかり。
つれあいが家庭を守ってくれているので、ぼくも安心して仕事の方に注力できる部分がある。仕事柄、どうしても時間が遅くなりがちであるし、おそらく、子供のために、家庭のために、仕事をほっぽり出して早く帰るなんてことはしないだろうと思う。育児放棄をするつもりはないが、やはりファーストパーソンにはなり得ないだろう。セカンドパーソンとしての役割とは、ファーストパーソンと子供の関係に、広がりを持たせることだと思う。
軸を変える、距離を持たせる、角度を買える、裏返す。
サポート的な役割はもちろんだが、物事に別の側面もあることを気づかせることが、その役割かなと思う。
教育自体もボクはあまり信じていない気がする。教えてもらったことで、深く残っていることって、そんなにたくさんあるだろうか?それに、教えてあげられることなんて、それほどないんじゃないだろうか。アドバイスはあげられたとしても。覚えていることって、自分でちゃんと噛み砕いて飲み込んでから血肉にしているんだと思う。
学ぶことは自分でする。
見よう見まねで自分なりに工夫したものは、やはりずっと残っていくだろう。唯一、してあげられることがあるとすれば、たくさんのあこがれを見せてあげることのような気がする。背中を見せると言えば格好いいが、自分で学ぼうとする気持ちを抱かせることができれば、あとは自分で勝手に学んでいくものだ。そして、言葉では人は動かないとも思う。ならば行動で、生き方で、見せるしかないのではないか。
聞く耳を持たせる、興味を抱かせることが、入り口にして出口のような気がする。あとは、自分のケースではどうだった、自分の考えではこうだと思う、というような参考資料を伝えることしかできないのではないか。
判断基準を作る。
悩むという行為は、基本的に判断基準が曖昧になった状態であると思う。年齢を重ねることはたくさんの価値観と出会うことと同意であろう。であれば、その都度基準も変わっていくはずである。
基準をどこにおけばいいのか。
これを作るのがうまい人は、物事の決断が早い。行動も早い。となれば、失敗したときに取り返す余裕も見込めるので、心に余裕がある(ような気がする)。
「自分がされてイヤなことは、人にもしない」というのは、とてもシンプルで、わかりやすいし、比較的自分で納得しやすいルールではないだろうか。
問題の枝葉を切り落としていき、シンプルに幹だけにしていくと、こういったルールが見える化してくる気がする。これに対する訓練は、自問自答を繰り返すことじゃないだろうか。そうすることで、自分を外から眺める客観性も養われるような気がする。
自問自答を促す問いかけは、子供に対してもできるだろう。答えを与えるのではなく、問いを投げかけることで、新しい答えと出会うことができれば、ともに成長することができればと思う。
さて、たくさん書いたわりに、同じようなことが書かれている気がする。
あまり読み返したくないような気もするが、自分への私信として書いておくのもいいだろう。自分が迷ったり、疲れたりしたときに、これを見て、なにか光を見いだせればいいなと思う。
また、これからこの考えがどう変わっていくのか。それも楽しみではある。
ボーン
- 2009-04-30 (木)
- 05 私信
2009年4月29日(水)
昭和の日
この世に一人仲間が増えた日
女が一人歴史を刻みはじめた日
命の神秘を目の当たりにした日
家族が3人構成になった日
妻が母親になった日
ボクが父親になった日
親に感謝した
産院のスタッフの方々に感謝した
がんばった妻に感謝した
生まれてきた赤子に感謝した
今までいなかった生命が
すぐそこで泣き声を上げている神秘。
今までの経過を思い返し、
今そこにいる結果を目の前にし、
それでもまだ半信半疑な、どこか絵空事のようなリアル。
目の前で苦しんでいる妻を見て、
そこで泣いている赤子を見て、
微笑ましく見ている親たちを見て、
数十年ぶりに、ちょっと泣いた。
「この人の妻で良かった」
「この人の娘で良かった」
ボクが死ぬときに、そう言わせることが、
これからボクが生きる上での
目標のひとつになる。

20090125
- 2009-01-25 (日)
- 05 私信
朝から雪の吹きすさぶ寒い中、
皆さん 今日は本当に ありがとうございました。
あっという間で まだ足がふわふわしている感じだけど、
おかげさまで 楽しい一日を過ごすことができました。
たくさんの笑顔に 出会えてうれしい限りです。
個々へのお礼は またあらためて別の機会を設けるとして
ひとまずは皆様へと向け 感謝。
これからも どうぞよろしく。
マリッジ・オクトーベル
- 2008-10-09 (木)
- 05 私信
入籍をしてきた。
諸々事前に報告をメールで送ったのですが、
ポロポロとメールが届かなかった報告が届いておりまして
この場での報告になってしまう方々もいるかもしれません。
何卒、ご容赦のほどを。
引き続き、引っ越しにともない、
しばらくメール等がつながらない恐れがあります。
(会社では受信できますが)
お急ぎの連絡がある場合はお電話をいただけると幸いです。
080803
- 2008-08-03 (日)
- 05 私信
円筒じゃないグラーマシー
ニューヨークに行かず
アンカーでないゴアテックス
準装備に行かず
真夜中の重圧なクマゼミの囁き
今日無常加湿 致死量までは行かず
テラスには干したヒトデの星明かり
選べる赤・黄・緑の誘惑
鮮やかな閃光を選考する線香
来訪のティーンエイジ
短気のアングラー・フィッシング
タワー・タイプ・ファイア・クラッカー
おののくGの来襲と
迫り来るWの来週
マーメイドとポッドキャスト
麒麟の稼動ガントリー
再度のサイド・クリエイト
純喫茶レトロチェアーズ
イン・ア・リトル・スパイラル
赤を選んで警護に敬語
ハニー・カムズ・ア・ショー・ダック
意地悪なセカンドタイム
無地 キャンバスに
点を紡ぎ 線で結ぶ
千の希望 先の展望
ぬるくてゆるいイエス・カルピス
ライト・ネクスト・ドアァ・トゥ・ステージ
リバレン・レット・リブ
ひろがるスプリット
はじけるスプリング
まじわるスピンドル
こぼれるスプレンディッド
しびれるスパイスリー
ここからスプレッド
はじまるスペクトル
061102
梅田は阪急三番街、トイレに行ってふと思った。
「面倒くさいなぁ」
それから唐突に思い当たった。そういえばデパートでも駅でも、けっこう入口が入り組んでいる。入って左折して右折してと、くねくね歩いてからやっと洗面台に辿り着くというような感じだ。これはおそらくニオイが外に漏れ出るのを防ぐための設計なのだろうと思う(常識なの?)。
こういった機能のデザインというのは、あまり自分で作ることができないので、出会うと大いに感心する。その思考のプロセスと試行錯誤が垣間見えておもしろい。追随するかたちで発見すると、先人の知恵に感心する。生きている中での小さな快適や安全は、ちょっとした気付きが織り重なってできているのだ、と思う。
少し遅れたけれど、
過酷なケーキ作りおつかれさまでした。
聞くだけでも大変だったその環境で、
それでもめげずにがんばっている姿勢に
感銘を受けました。
「がんばって」だけじゃない、「自分もがんばろう」という
前に向く力をもらった気がします。
あたらしい環境では、歩んでいる自分を自覚して
楽しくがんばれるといいね。
またすぐ会うけれど、
その時はいつも通りのいい笑顔を見せてください。
おつかれさま。
ではでは、またね。
060909
起業する。という友人と会った。したいという想いは、前から聞いて知っていた。ここに来て、錨を上げたところ。漕ぎ出すのはこれからだ。本日は実質的な企画経営会議の第一回目というところだろうか。
大枠のグランドデザインと理念。理想と現実に対するアプローチ。ギャップと予想と実績と目的と計画と戦略。あれこれ止め処なく話して、かき集めて、組み立てて、崩して再構築。言葉は最高のシミュレータである。夢見がちな人というのはいただけないかもしれないが、相手にも一緒に夢を見させる能力があれば、それは大きな武器になると思う。ともすればトゥリビアルな部分に注目しがちなのは、とにかく動きを作りたいからだろう。行動は実体を持って語りかける強いメッセージだ。しかし、活動の一環であるそのメッセージを効果的に使えなければ、下手をすると徒労に終わってしまう。徒労でさえもを養分にして花を咲かせることができるなら、その苦労と時間は根へと姿を変え、大地をつよく掴むかもしれない。
先に広がる海原は広大で、羅針盤でさえ信用できない時もあるだろうと思う。月も星も見えない闇の中を進まなければならないかもしれない。凪も時化もあるだろう。一面の水平線に囲まれた時、右か左か前か後か。舵をとるのは自分であり、方向を決めるのは想いだろう。
想いを持ち続けるには熱さが必要で、熱は周りにも感化する。アプローチの手法は熱伝導率の違いでしかないし、対象によって伝導率も変わる。いろいろ話してほんのり暖まっている自分を発見して、彼の熱さが伺えるわけだ(ボクはどちらかというと熱伝導率は低い方だ)。脇目もふらずなりふり構わず五里霧中の暗中模索、走れハイドー!なオーヴァードライブモードにこれから入っていくわけで、これはボクの定義で言えば青春時代だ。夢中になれればそれがユース。年齢なんて目安でしかないよね。
060408
勤め先のクラッシュmacは無事データが吸い出せたので一安心。モヤモヤを残さず週末を迎えることができそうです。しかしながらHD自体はまだまだ不安定。環境を整備して、来週は交換作業にトリクモーネ海峡。ソフトもしっかりインストール大橋。しかしその時間がツクレナイ公園(三連チャン!)。
仕事帰りに北堀江まで徒歩。あたたかくなって歩くのも楽しくなってきました。街も人でいっぱい。金曜日ですねー。40分程テクテク歩いて、本日オープンを果たしたshop"iN"に御機嫌伺い。おぼろげな記憶で探すものの、鳥かごビルヂングの名を成す目印で難なく発見。店内の雰囲気は「っぽい」という言葉で個人的な感想をほぼ網羅します。モノではなくコトを扱うお店だと思います。桜が咲いていなかったのは、残念ですがいたしかたないところでしょうか。手土産で持っていったワインは結局空けてしまいました。
おとなりのちょうちょぼっこさんも初体験です。雑誌の紹介やお話を聞いてなんとなくは知っていましたが、納得。貸本という制度を利用するのは小学生の頃以来です。古い本の紙とインクの匂いが何ともこそばゆくていいですね。タイトルは失念しましたが、60年代のこども向け広告を集めた本がありました。あの頃は肥っていることが美徳だったのですねー。外国人が成功のイメージの根底にあったのでしょう。30年後には青白いことが美徳になってるかも。価値観なんてそんなもんですね。なかなか興味深いです。
遅くまで好き放題しゃべって帰路へ。いつもよりも3割り増しで言葉が出てきたのはワインの所為でしょうか。楽しいひとときでした。ひとと出会うということについて、いろいろ話したり考えたりしましたが、それはまたいずれ。あたたかくなってきて少しずつアクティブになってきたようです。
それからあらためて、お誕生日おめでとうございます(遅れましたけど)。8日だと思ってたけど、それは花まつりでしたね。混同していました。この場を借りての私信でごめんなさい。お父上もお大事に。またおはなししましょう。
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